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アニマル コンパニオン(同人誌「DESTINY」掲載)

 

悟空が珍しく苛立っていた。

理由は簡単。最近やたらとジープが三蔵に纏わりついているからである。今日も普段三蔵からペット扱いされてい悟空が

「同じどーぶつ扱いのクセして、随分ジープには優しいじゃん」

と息巻いていた。

「ジープは旅の足だから、役に立つ」

「・・・じゃ、俺は役に立たないってゆーの?」

「自分で考えてみろ」

「・・・さんぞ・・・」

小猿は冷たい三蔵の言葉にべそをかきながら、愛する飼い主の膝の上でちゃかりと丸くなっているジープを恨めしげに睨みつける。

(俺だってさんぞーに膝枕、してもらった事ないのに―――っ!)

しかしそんな悟空の心の叫びは、一心不乱に新聞の活字を追いかけている三蔵には欠片ほども届かなかった。

一方、ジープはこの世の春を満喫していた。

日頃はにっこり笑顔が怖いご主人様の監視のもと、めったな事では憧れの三蔵に近づく事が許されていないのに。今は彼の膝の上に身を置く事ができるなんて。

『ジープ、あなたもこの旅では本当に頑張ってくれています。たまには、三蔵に甘えてみたらどうですか? ええ、あなたの気持ちは飼い主の僕がよくわかっていますよ』

わかっていながらいつもあの方に個人的に近づく事も、甘える事も許して下さらないのは、あなたですよ、ご主人様。

心の中で、こっそりとジープは呟く。自分の飼い竜といえども、恋敵と認めたら容赦のない八戒が何故ジープが三蔵に甘える事を自ら勧めたりしたのか。

理由はよく分かっている。悟空への嫌がらせである。

人間には容赦の無い三蔵も、何故だかジープにはあたりが柔らかい。重要な旅の足だからなのか、それとも単に自分には害がないからなのか。・・・実はこういう小動物が密かに好きだったりするのかは、定かではないが。

ガードが固い三蔵にも、意外とジープは容易に近づく事ができる。普段はそれ故三蔵に不必要に接近する事を許さない八戒だが、最近(両人は自覚が無いが)特に悟空が三蔵に甘やかされている事に八戒がささやかな報復とばかりに、あえてジープを使う気になった。使えるモノは何でも使うのが八戒の主義だと、いったいどれだけの人間が知っているのだろうか?

「たまには悟空にも、苦い想いを味わってもらわなければね。何事も経験ですよ」

たまには・・・ですか、ご主人様。内心そう思いながらも、ジープは決してそれを表には出さない。折角憧れの三蔵と一緒にいられるのだから、余計な事は口にしないのが一番。

ジープはとても賢いのである。

 

「ジープのせいだぞー!さんぞーに置いてかれちゃったじゃんっ!」

「きゅ、きゅきゅ、きゅーーっ!(それは、僕の言い分ですよーっ!)」

宿屋の裏手で、いがみ合う声。

「せっかくさんぞーが街に煙草買いに行くってうから、一緒に行こうと思ったのにさ!」

「きゅっ、きゅう、きゅきゅ!!(僕だってお供したかったんです!!)」

傍から見れば少年が世にも珍しい白竜と言い争っている何とも奇妙な光景だが、当の二人はそんな事気にもとめていない。

ジープに焼きもちをやいて煩く付きまとう悟空にイラついた三蔵が、気分転換に外に煙草を買いに行こうとすると「俺も行く!」と悟空が纏わりついてくる。お約束のようにハリセンを食らった悟空が涙目で三蔵を見上げると、彼の肩にはちゃっかりとジープが涼しい顔をしてとまっている。ぶちっと切れた小猿が

「何で、俺は駄目でジープはいいんだよっ! 白竜なんか連れてたら、さんぞー目立っちゃうじゃん! いいのかよ!?」

とヒステリックに叫べば、ジープもきゅい、きゅいと甲高い声で負けじと応戦する。

「動物が揃ってうるせえんだよ―――っっ!!」

あまりの煩さに、短気な三蔵がぶち切れる。再度自分の猿にハリセン三往復を食らわせると肩にとまったジープを片手で払い、さっさと一人で出かけてしまったのである。追いすがる四つの瞳を完全無視して・・・。

 

「そりゃさ、寺院にいる時よか、今の方がさんぞーと一緒にいられる時間は増えたけどさ。二人っきりでいられる時間なんて、ほとんどなくなったもん」

「きゅっ?」

地面にぺたりと胡座をかいてしゃがみ込んだ悟空の横に、ジープがちょこんと座る。

「寺院にいた頃はさ、仕事が終わればそれでもさんぞーと一緒にいれたけどさ。旅に出てからは、いっつも悟浄や八戒が一緒じゃん」

ジープの移動中は勿論、夜もほとんど野宿に四人部屋。個室や三蔵との相部屋なんて、めったに望めない。人目がなければ何とか許してもらえるお触りも、二人の視線を気にする三蔵が、断固悟空を拒む。

「寺の坊主達なんかと一緒にいるよか、みんなといる方が楽しいさ。でも・・・」

何といっても悟空の優先順位は愛する三蔵。その三蔵とのスキンシップも侭ならないなんて、悟空にとっては拷問も同然。

「いいよなぁ。悟浄達がいてもジープには、さんぞー優しいもんな。俺なんか、ちょっとでも触ったらハリセンばしばしだもんなぁ」

悲しそうにため息をつく悟空を、ジープは複雑な想いで見つめる。

自分が三蔵に甘えても彼が黙認しているのは、ジープを全く意識していないからだ。三蔵にとってジープは旅の足で、動物で、それ以上でも以下でもない。

かつてまだ三蔵が悟空と関係を持っていなかった頃、幼い悟空がぺたぺたと三蔵に付きまとい触りまくっても、それでも「ペットが飼い主に懐いて甘えてきやがる」とため息まじりにそれを許していたのと、似たようなレベルなのかもしれない。今三蔵が同行者の目を気にして悟空を拒むのは、あきらかに彼を「男」として意識しているからなのだ・・・とジープは思う。接触嫌悪で拒絶している訳では、決してない。

きゅぅぅぅ・・・。

ジープは小さくため息をついた。本当に、恋愛には疎い二人だと思う。

大好きな人の傍にいられて、受け入れてもらえて、愛されて――いや、これは三蔵は決して認めないだろう。悟空に身体を許しているのも「猿が煩えからだよ」とか、何とか言って――自分からみれば贅沢この上ないのに。

「なに、ジープ?」

ジープのため息に気づいた悟空が、両手を自分の頬に当てたままジープを見下ろす。

「きゅ、きゅー、きゅいっ(ごくうさんは、これからもずーっとあの方の傍にいられるのでしょ)」

「え? うん、そのつもりだよ。っつーか、離れる気なんかねーけど」

「きゅい、きゅい、きゅっ、きゅっ(でも僕があの方のお傍にいられるのは、この旅の間だけなんですよ)」

「・・・ジープ」

この旅が終われば、自分は八戒達と共に以前住んでいた町に戻るのだろう。それは確かにこの旅に出る以前からそれなりに交流のあった四人だから、これからもお互い行き来してその時に三蔵に会う事が出来るかもしれない。それでも、今のように「仲間」として傍にいる事はもうないだろう。

ジープは、これからも、おそらく一生三蔵の傍で生きていく事のできる悟空が羨ましくてたまらない。だから、せめて今だけでも許される限り三蔵の傍にいたいのだ。

「ジープさ、さんぞーの事ほんとに好きなんだ」

「きゅい」

「でもさ、ジープの飼い主は八戒だよ?」

「きゅっ、きゅっ、きゅいぃっ!(ご主人様は、ご主人様で好きです。でも、あの方は特別なんです!)」

ジープは頬を真っ赤にして、興奮気味にばたばたと翼をはためかせる。

「きゅう、きゅう、きゅううぅ?(ごくうさんだって、あの方があなたの飼い主だから好きになったんじゃないでしょ?)」

「勿論だよ!!」

三蔵だから、好きになった。

たとえ岩牢から自分を解放してくれたのが、三蔵ではなかったとしても。あの時、あの五行山で出会わなかったとしても。いつか必ず自分は三蔵を見つけ出して好きになっていたはず。三蔵は自分の運命の人だから。

「ジープも、そんな風にさんぞーが好きなの?」

悟空の問いかけに、ジープは細長い首をうな垂れる。自分にとって三蔵は運命の人だけど、三蔵にとってはそうではない。三蔵の人生は、今自分の目の前にいる少年が共有しているのだから。

「・・・きゅうぅぅぅ・・・(僕のは所詮、片思いですから・・・)」

「ジープ・・・」

寺院でのおさない日――自分の想いが愛する人に届かずにいた、悲しい日々の自分と重なったのか、悟空はジープの小さな頭をそっと撫でた。

 

「で、何でこうなる」

個室であるはずのベッドの上で、三蔵は憮然とした声で問う。自分の腕の中にはジープ、背中には悟空。二匹の動物が三蔵にへばりついている。

「俺は疲れてんだよ。今日はゆっくり寝てえんだ」

「だってジープが一度でいいからさんぞーと一緒に寝てみてえていうからさー。ンで俺もさんぞーと一緒に寝てえし。これならみんなで寝れるだろ?」

「きゅうっ」

結局あの後、悟空とジープはお互いに交換条件を出した。ジープが夢にまでみた三蔵との添い寝を実現する代わりに、ジープも悟空を苛立たせるほど三蔵にべたべたしないということだ。

「三蔵に触れていいのは俺だけ」と常日頃公言しては、三蔵にハリセンでぼこぼこに叩かれている悟空にしてみれば大きな譲歩だ。それでもジープの願いを断れなかったのは、悟空の優しさ故か、動物同士相憐れんだ結果なのか、それは定かではないが。

嬉しげなジープの声に、三蔵は小さくため息をつく。悟空だけならいざ知らず、まさかジープをハリセンでぶっ叩いたり蹴りとばす事はできない。それにジープが一緒ならまさか悟空も、今夜は不埒なマネはしてこないだろう。

「・・・今夜だけだぞ」

「わかってるって」

「きゅいっ」

悟空とジープが幸せそうに、三蔵に擦り寄ってきた。そんな動物二匹に三蔵は、微かに苦笑する。たまには、こんなのもいいかもしれねえな・・・大好きな人のぬくもりを抱きしめて眠る夜―――。

今夜はいい夢が見られるかもしれない。

 

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