SWEET HEART(同人誌「SWEET HEART」掲載)
「さんぞぉぉ、俺もうダメだ。死んじゃうのかなぁ」
「何言ってやがる。馬鹿はそう簡単には、くたばらねーんだよ」
布団の中から熱で真っ赤に染まった顔半分を出して、金瞳をうるうると潤ませた猿に、三蔵は容赦ない言葉を浴びせ掛ける
「でもぉ……」
「オーバーなんだよ。薬の効き目は明日の朝には切れると、八戒も言ってたろーが」
「うぅぅ」
悟空は顔をくしゃり、と歪めると布団の中からおずおずと手を差し伸ばし、三蔵の法衣の袖をきゅっと掴んだ。
「おい」
「さんぞ、傍にいてよぉ。どっか行っちゃやだよぉ」
望月の瞳から、ぽろぽろと大粒の涙を零して懇願する小猿。最近やけに大人の男の顔を見せるようになった悟空なのに。
そんなペットのまるで幼児返りしたような姿に三蔵はふぅ、と深いため息をつくと、それでも悟空の手を振り解かずに小猿の望むままにさせていた。
「さんぞ、なんか身体熱いよ」
「ああ?」
「心臓もばくばくして、息が苦しいかも」
西に向かう旅の途中。ここ数日は牛魔王側からの刺客も現れず、よく言えば平穏な。けれど、喧騒に慣れきった一行にとってはいささか退屈なある日の午後の事。
昼食を終えてしばしの休息をとっていた三蔵の元に、年齢より幼げな顔を真っ赤に染めて、ふーふーと息を切らしながらペットの小猿がやってきた。
「風邪かなぁ」
「馬鹿は風邪なんか、ひかねーんだよ」
そう言いながらも、三蔵はその白い手のひらを悟空の頬に当ててみる。日頃から人よりも高めの体温ではあるが、今日は燃えるように熱をもっている。
「……いつもより、熱いか?」
「だろ? どーしたんだろ?」
『体力と健康だけが取り得』、と常日頃三蔵に言われている通り、三蔵に拾われてから悟空は今まで病気らしい病気はした事がなかった。せいぜいが、カビの生えた供え物の団子を盗み食いして、腹を壊して寝込んだくらいだろう。
(最近の風邪は、マジで馬鹿もひくのか?)
半端ではない体力・生命力の持ち主である悟空にとりつくとは、近年稀にみるほど強力なウィルスなのかもしれない。
口では大して心配した素振りも見せない三蔵ではあるが、内心怪しい風土病にでも罹ったと美眉をひそめる。ウィルスに対して免疫がない分、病気の進行も早いのではないか?そう思っている間にも、悟空は熱で潤んだ金瞳で不安気に三蔵を見上げ、はふはふと苦しそうに呼吸を紡いでいる。
(医者に……診せるか?)
そう思った三蔵が、一行の世話役・八戒を呼ぼうとしたまさにその瞬間。
「あの、三蔵。このポットの中身、飲みましたか?」
少し先に停めてあるジープの横で、何やらガサゴソと荷物を紐解いていた八戒がタイミングよく声をかけてきた。小さなポットを指差しながら。
「いや、俺は飲んでねぇが」
「そうですか。おかしいですね。昼食前までは、確かに中身があったんですが」
そう言いながら、ポットを片手に持ったまま八戒がふたりに近寄ってくる。
「困りましたね。誰か勝手に飲んだんでしょうか?」
怒っている風でもなく、心底困ったような笑みを浮かべる八戒に、熱で真っ赤な顔をしたお猿がおずおずと尋ねてくる。
「なに、八戒。ソレ、飲んじゃマズイの?」
「え? ああ、まぁ」
なにやら後ろめたい事でもあるのか、曖昧に言葉を濁す八戒に三蔵が不愉快そうに、眉間に皺を寄せた。
「なに、言葉濁してんだ。八戒」
キツイ紫暗の瞳でぎろり、と睨まれた八戒は、まるで悪戯がバレた子供のような表情を微かに浮かべるとしぶしぶと口を開いた。
「……実は、コレ僕が調合した薬なんですよ」
「「八戒が作った薬っ?」」
思わず合唱してしまった三蔵と悟空は、そのまま互いの顔を見合わせる。
八戒は調合した薬……。それが、ごく普通に使われる病気や怪我の為のものでなど、あるはずがない。と、脳が警告を発している。麻薬か、毒薬か? いや、もしかしたら催淫剤という可能性もある。
そう思った瞬間、三蔵の背中をつー、と冷たいものが流れ落ちた。そんなヤバイ薬を悟空に盛られて、迷惑をこうむるのは他でもない、この自分なのだ。
一見誰よりも害がなさそうな顔をして、実はある意味一行の中で一番騒動を巻き起こす事を好む男の手作りの薬なる怪しげな物体に、不本意ながら三蔵は一抹の不安と恐怖を覚えた。
「ええ、最近また街に泊まった翌朝、悟浄から甘い匂いがする事が多くなったんですよね」
しかしそんな三蔵の心中に気づきもせず、「困ったもんですね」と言いたげな表情を浮かべて、さらりと言う八戒。
「……最近、八戒と悟浄、相部屋ってなかったっけ?」
「はい」
悟空の問いに、にっこり、と極上の笑みを浮かべる八戒が怖過ぎる。
そういえば数週間前にも一度、悟浄が甘い香水の匂いをプンプンさせて朝帰りした事があった。あの日以来八戒は頑なに悟浄との相部屋を拒み、事実上恋人関係にある悟浄に、お預けを食わせている形になるのだろうが。
―――、三つ子の魂百までも、の諺通り相愛の恋人を得ても治らない悟浄の女遊びに、お仕置きをしたつもりだったのだが。八戒に相手をしてもらえず、禁欲生活を強いられた悟浄が懲りずにオネーサン方に一夜のお相手をしてもらったという事らしい。
「それで、ちょっと懲らしめの為にですね」
コレを調合してみたんですけど、とニッコリ人好きのする笑みを浮かべて、片手に持ったポットを持ち上げる。
「……つまり、それは河童への仕置き用の飲みモンって訳か?」
浮気した悟浄へのお仕置き用なら催淫剤などではないだろうが、そうなると尚更効き目のほどが気になってくる。
「ええ、そういう事なんですけど……もしかして、悟空飲んじゃいました?」
「う、うん」
悟空はこくこく、と壊れた人形のように頷きながら、もごもごと謝罪の言葉を口にする。
「ゴメン、喉渇いてて……」
「いえ、それはいいんですけど」
「お、俺、死んじゃうのか?」
八戒が悟浄へのお仕置き用に特別調合した薬、という曰く付きだけに、流石の悟空も身の危険を感じずにはいられない。高熱で真っ赤になっている筈の頬が心持ち青褪めて、つーっと額から伝う汗は冷や汗に違いない。
「そんな事は、ありませんよ。ただ悟浄にちょっとお灸を据えるだけのモノですから」
「効用は?」
三蔵にしては珍しく、早口で八戒に問いただす。
「まあ、普通の妖怪でしたら、四、五日高熱やら頻脈やらで、寝たきり状態になるくらいのものですよ」
ね、大した物じゃないでしょ? と言いたげな八戒の笑顔に、三蔵と悟空の表情が目に見えて強張る。
「「……」」
「悟空の体力だったら、一晩で効き目も切れるんじゃないでしょうか。今でも、こうやって動く事ができるくらいですから」
「八戒」
「はい?」
果して罪悪感というものを、感じているのであろうか? 実にのほほんと言ってのける八戒に、三蔵が低く地の底を這うような声でその名を呼んでみるが。
「……いや、いい」
やはり、罪悪感は爪の先程もないのであろう。にっこり、穏やかな笑みを返してくる一行最強の男を前に、さしもの玄奘三蔵も、がっくりと肩を落とす。
「そうですか。じゃあ、今日は野宿にならないように、早く宿をみつけないといけませんね。そうと決まれば、すぐ出発しましょう」
「あ、ああ」
固まったままの三蔵と悟空に背を向けた八戒は、そのまま足取りも軽くジープに戻ろうとするが、ふとその足を止めて、まるで世間話でもするかのように邪気のない声音で言った。
「あ、三蔵。『てめえが、元凶なんだよ』とか言って、悟浄殺さないでくださいね」
お仕置きは、僕の役目ですから。そう言って振り返った八戒のモノクルが、陽光に反射してキラリと光ったのを三蔵と悟空は肝の冷える思いで眺めていた。
「さんぞの膝枕だぁ。俺しあわせかも~」
体力を温存させる為にと、不本意ながらもジープの後部座席に座ってくれた三蔵の膝を借りて横になった悟空は、高熱で顔を真っ赤にしながらも、言葉通りふにゃふにゃと幸せそうな笑みを浮かべている。
熱が脳に達したか? と、マジで疑いたくなるような締まりのない顔だ。
その悟空も宿屋のベッドに身体を落ち着けた頃になると、病状(?)が悪化したのか大きな金色の瞳に涙をいっぱいためて、ふーふー唸っている。
元来病気をした事がないだけに、身体の辛さよりも心の方が参ってしまっているらしい。慣れぬ病からくる心細さから、三蔵の姿が少しでも見えなくなると不安で見えない耳を垂れてきゅんきゅん泣く。三蔵の法衣の端を握り締めて、決して離そうとはしない。
その姿はまるで、五行山から悟空を連れ出したばかりの頃の小猿を思い出させずにはいられない。闇の中に連れ戻される事を恐れて、『たいよう』の光に必死で手を差し伸べる幼い小猿。
そんな悟空の様子に三蔵は正直ため息を禁じ得ないが、それでも「今日だけは、特別だ」と自分に言い聞かせて縋りつく悟空の手を振り解く事はしなかった。
「さんぞ……」
熱で掠れた声で、悟空が愛しい人の名を呼ぶ。
「あ?」
「水……」
「……めんどくせえ」
ぶつくさと文句を言いながらも、三蔵はサイドテーブルの上に置かれたコップを悟空の口元に差し出す。
しかし熱で体力が消耗しているのか、身体が鉛のように重くて悟空は上半身を起こす事さえ難儀に思えてくる。だが、寝たままの状態でコップから水を飲もうとすれば、間違いなく水が零れて顔中びしょびしょになる事間違いない。
「……これじゃ、飲めねーよ?」
「ぜーたく言うんじゃねぇ、この馬鹿猿っ! 誰の所為で俺がこんな面倒なマネしてると思ってんだっ!」
他人の看病なんて殆んどした事がない三蔵の尤もらしい俺様な言い分に、けれど悟空は望月の瞳をうるうると潤ませながら、上目遣いに冷たい飼い主に訴える。
「だって、だって、俺喉渇いて……。でも起き上がれねーし」
「……」
えぐえぐと泣く小猿に、三蔵は深いため息をつく。水差しもなく、三蔵が取れる方法はただひとつ。
(……仕方ねえ。コイツは病人だからな)
何だなんだとペットの猿に甘い三蔵は、心の中で自身に言い訳をすると眦を心持ち赤く染めてコップの水を口に含むと、その肉厚な唇を横になったままの悟空の唇に重ねた。
「……んっ」
舌先で悟空の唇を割って、含んだ水を小猿のに飲ませる。熱で水分を失った悟空の唇は、いつもよりもカサついてひび割れしているので、触れると少し痛い。
口移しで悟空に水を飲ませた三蔵はそのまま唇を離そうとしたが、悟空の舌がそれを許さず自分の口腔から去ろうとする三蔵の柔らかな舌を、きつく絡めて吸い上げる。
「……ふ……んっ」
熱い悟空の舌に思う様口腔を愛撫されて、三蔵が鼻に抜けるような甘い声を上げる。それに気をよくした悟空は、自分の上に覆い被さる形となった三蔵の背中に右手を回すと、空いたもう片方の手で三蔵のしなやかな腰のラインを丁重になぞる。
「……てめっ、この猿! 何しやがるっ!」
長いくちづけからやっと解放された三蔵は、息も絶え絶えに、不埒な小猿をきっと見据える。しかしその姿にいつもの迫力などあろうはずがなく、紫暗の瞳を潤ませ頬を紅潮させたその表情は、かえって悟空の中の雄を刺激するだけのようだ。「さんぞ、欲しいよ」
悟空の金色の瞳も、欲情で潤んでいる。三蔵の背を抱く腕の力も振りほどけない程強く、先程までの思いがけない病で気弱になっていたのが嘘のようだ。
「高熱で起き上がれないって言ったのは、どこのどいつだっ!」
耳まで真っ赤に染めた三蔵に、ぎんっと睨まれご尤もな怒りを浴びた悟空は、だがしかし、そんな愛しい人の怒りなど気にもとめず、きゅーんと項垂れた子犬(いや、小猿か)のように打ちひしがれた眼差しで三蔵を見上げる。
「でも……俺、死んじゃうかも知んないんだよ? 死ぬ前に、も一度さんぞ欲しいよ」
「だから、明日になれば、熱は引くと……」
「ンなの判んないじゃん。八戒のつくった薬だよ? 何か副作用があっかもしれないし。ううん、きっとあるに違いないっ! 悟浄だったらゴキブリだから死なないかもしんねーけど。でも、ンなのわかんねーじゃんっ! 明日になったら、やっぱり俺、死んでるかもしんねーよっ? そーに違いねぇよ! 俺明日には、死んじゃうんだよぉぉっ!」
病人の思い込みとは恐ろしく、流石の三蔵も呑まれるような勢いだ。
「……だから」
するとトドメとばかりに、うるる、と望月の瞳を大粒の涙で潤ませながら、お猿は世界の終わりのような悲壮な声でさめざめと愛する飼い主に訴えた。
「さんぞぉ、も一度さんぞに触れないで死ぬのは、イヤだよぉ。俺、成仏できねーよぉ」
「……」
「さんぞぉ」
ポタポタと涙を零して、真っ赤に泣き腫らした顔で自分の名を呼ぶ猿に、三蔵はふぅっと深いため息をついた。
「……仕方ねーな」
病人には、何を言っても無駄だ。愚図る猿には、論理もなにも通じない。こいつを黙らせる方法は、もうひとつしかない。そう自分の中で結論付けた三蔵は、もう一度大きくため息をつくと、そっと力を抜いて、いつもよりも更に熱い悟空の身体に自分の身体を預けた。
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