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WING(同人誌「WING」掲載)

 

 「さんぞ、具合悪いのか?」

西へと向かうジープの上。悟浄とおやつの裂きイカの所有権を争っていた悟空は、宿敵の赤い髪を両手で引っ張ったままの格好で、助手席に座る飼い主に問い掛けた。普段なら知能指数の似通ったこの2人のバカ騒ぎが起きれば、額に青筋たてて銃をぶっ放す最高僧が、今日は何のリアクションも起こさない。深くシートに身体を沈めて目を閉じている三蔵を、みんな眠っているものだとばかり思っていたが。

「三蔵?」

悟空の言葉に運転中の八戒が三蔵に声をかけるが、返事はやはり、ない。

「三蔵、本当に調子悪いんですか?」

「なに言ってんだよ、八戒。この生臭坊主が病気になんかなるかって。鬼畜過ぎて病気の方が怖がって、逃げてくぜ」

小猿に髪をぐいぐいと引かれた悟浄は、悟空の頭を片足で踏みつけたままの姿で八戒に揶揄する。しかし、そんな悟浄の言葉に悟空はむっと顔を顰めると、エロ河童の鳩尾にげしっと一発強烈な蹴りを喰らわせた。

「ぐっ・・・」

「さんぞーの悪口、言うんじゃねえ! このエロ河童!」

腹を抱えてシートに蹲る悟浄の頭におまけとばかりにばこっと拳を落とすと、小猿は後部座席から三蔵の顔を覗き込んで、八戒に背を向けるような格好でシートに沈み込んでいる飼い主の頬にそっと触れた。

「さんぞー・・・」

指先に感じる三蔵の肌の感触に、悟空が思わず眉を顰める。

「八戒、ジープ止めて!!」

「え? あ、はい」

悟空の強い口調に、八戒が慌ててブレーキを踏む。

「お、おい。猿?」

痛みに口元を歪めながら声を掛ける悟浄に見向きもせず、悟空はぴょんとジープから飛び降りて、助手席側に廻り込んでもう一度三蔵の頬に手を当てて少し考え込むと、飼い主の背と膝の裏に腕をまわして軽々と持ち上げた。

「ご、悟空?」

この世に生を受けて22年。想像すらした事のない出来事を目の当たりにして、流石の八戒も言葉が出ない。よもや、三蔵が、『お姫様抱っこ』をされている姿を見る日が来ようとは。しかも抱いている相手が、あの悟空なのだ。

こんな事、観世音菩薩でさえ予測はできなかったでしょうね。などと、真っ白になった頭でぼんやりと考える。

そんな八戒を後目に悟空はジープの後部座席に三蔵の身体を横たわらせる。

「悟浄、席変われよ」

「・・・は?」

「前の席、行けって!」

「あ? あぁ・・・」

ずきずきと内臓を蝕むような痛みに加え、八戒同様目の前の出来事に思考が停止していた悟浄も悟空の有無を言わせない口調に、大人しく助手席にまわる。悟空は悟浄の席に座ると、三蔵の頭を自分の膝に乗せて昼寝用に常備していた毛布で三蔵の身体を包んでやる。

(おい、八戒。猿の奴三蔵に膝枕してるぜ)

悟浄は肩越しに後部座席を見遣り、後ろの小猿には聞こえないようにぼそぼそと運転席の八戒に呟く。

(えぇ、人間長生きするものですね。こんな光景拝める日が来るとは思ってもみなかったですよ。悟浄があんな事したら、間違いなくあの世行きですね)

(ああ、奴さん。なんだかんだと言っても猿には甘ぇからなぁ)

しかし例え無自覚に三蔵が自分のペットに甘いとしても、それでも普段だったら悟浄達の前で『お姫様抱っこ』などと、三蔵にとって屈辱以外の何物でもない行動をしようものなら、脅威のハリセン炸裂は決して免れないだろう。それが大人しく抱き上げられた上、膝枕にも甘んじているという事は。

「マジ、三蔵サマ具合悪い訳?」

 

「今日は野宿は、ぜってーダメ!」

という悟空の叫びに急かされて、嘗てない程の猛スピードで走らされたジープの功績により、何とか日が暮れる前に一行は小さな町に着いた。幸い閑散期なのか宿は個室が取れるという事だったが、悟空が頑なに三蔵との同室を望んだため、彼等の為に八戒はツインを用意してもらった。

またしても三蔵を軽々と持ち上げた悟空はそのまま部屋へと直行し、古びてはいるが清潔なシーツの上にそっと三蔵の身体を横たえる。

「お医者さん、呼んでもらいましょうか?」

日頃一行の世話役を自認している八戒は、思ってもみない程てきぱきと動く悟空に押され気味で、そう声を掛けるのがやっとだったが。

「いらない」

「でも、病気だったら・・・」

「かろーだから」

「・・・は?」

「過労。さんぞー、疲れてんの」

「過労、ですか・・・」

八戒と悟浄は、ぽかんと口を開いたまま眼前の2人を見つめる。

過労・・・。考えてもみなかった。確かに長安を発って二ヶ月。日々西から送られてくる刺客との小競り合いに些か疲れを感じ始めた頃だった。昼間、ジープで移動する時はもとより、夜中に寝込みを襲ってくるというのも度々だ。向こうは質より量作戦なのか、思わず鼻で笑ってしまいたくなる程弱い妖怪達ばかりが大量に送られてくる。数的には鬱陶しいが、始末するのにものの数分とかからない。

だからそれ自体はどうと言う事もないのだが、そう度々睡眠の邪魔をされるのは辛い。それでなくともジープでの長旅は、それだけでも疲労が溜まるのだ。それにしても。

「そっか、三蔵サマ人間だもんな・・・」

今更のように悟浄が呟く。日頃の鬼畜生臭振りや唯我独尊を地で行く横暴ぶりにすっかり失念していたが、三蔵は一行の中でただ1人『人間』なのだ。通常の人間よりは鍛えてある分体力もある上に負けず嫌いで他人に弱みを見せるのを心底嫌うから、気づかないでいたけれど。

どだい、妖怪の自分たちとでは基礎体力が違いすぎる。自分たちでさえ、疲れを感じ始めていた。三蔵にしてみれば、もう体力の限界だったのかもしれない。

「ンな強情張ってないで、一言言えばいいんだよな」

「それを言えないのが、三蔵でしょう?」

むしろ自分がもっと気をつけていれば、こんな事にはならなかったのに。と呟く八戒の肩に悟浄が軽く手を置く。

「奴さん、気づかれないように無理してたんだから。おめーが判らなくても仕方ねーだろうが」

飼い主の些細な言動にも敏感なあの小猿だからこそ、気づいたのだろうから。

「・・・そうですね」

八戒は、ベッドの横に椅子を置いて看病体勢を整えている悟空を見てうっすらと口元に笑みを浮かべる。

「もう、ここは大丈夫だから。三蔵の看病は俺がする」

「って、てめー、病人の看病なんて出来んのかよ」

「できるに決まってんだろ! 寺院にいた頃は三蔵の看病は、いつも俺がしてたんだかんな!」

「悟空が、三蔵の看病を、ですか?」

「うん。だから俺、慣れてんだ。あ、そうだ、八戒。あとで重湯と、それからりんご貰ってきて。」

「重湯と、りんご、ですか?」

「うん。こーゆー時はさんぞー、物食わねぇから。でも、りんご摩り下ろしたものなら少しは口してくれっから」

「・・・はい」

「それから、悟浄はどっかで湯たんぽ探してこいよ。さんぞー、身体冷えてんだかんな!」

「・・・はいよ」

飼い主の身を案じるこの小猿に逆らうのも、茶化すのも、今は止めておいた方がいい。とにかく三蔵は悟空に任せるのが良いのだろう。そう結論付けると、今だ、ぜぃぜぃと息を切らすジープを連れて八戒と悟浄は部屋を出て行った。

 

八戒と悟浄に望みの物を届けてもらった悟空は、部屋に備え付けの浴衣を探し出すと、それに三蔵を着替えさせた。

旅に出てから三蔵はたとえ宿に泊まる時でも、夜着に着替えたりはしない。いつ何時敵が襲ってくるか判らない。だからいつも法衣の上を肌蹴ただけの格好で休んでいる。しかし、それでは窮屈でゆっくり身体を休める事ができないだろう。そう思った悟空は、苦し気な眠りについたままの三蔵を起こさないように、そっと法衣の帯を解く。そしてその下に着けているアンダーシャツやジーンズを脱がせて、糊がきいて少し冷たい浴衣を三蔵に纏わせる。

しかし普段三蔵の看病をする時は、すでに三蔵は夜着に着替えた後なので、こんな風に悟空が三蔵の着替えをするのは初めてだ。もたもたと手際が悪く、危うく三蔵を起こしてしまいそうになる。その上三蔵の白い肌や、妙に自分をヘンな気分にさせる鎖骨などが嫌でも目に入り、ともすれば着替えさせる手がお留守になってじっと見入ってしまい、ヤバイ気分になりそうになる。

(ご、悟浄なんかはエロ河童だから、服、脱がせたりすんの、上手そうだよなぁ)

もっとも悟浄なんかじゃ、着替えさせる以前に、脱がしたまま美味しく戴きますとでも言い兼ねないよな、と悟空はわざと気を逸らせる為に心の中で悟浄を罵る。

なんであんな手癖の悪い男を八戒は恋人に選んだのか。悟空は不思議でならない。八戒は「ああ見えて悟浄は情が深いし、とっても優しいんですよ」と言ってたけど、悟空にはやはり理解できない。

「別に理解したいとも思わないけどさ」

悟空はひとりごちると、やっと着替えを済ませた三蔵をそっとシーツの上に横たえた。そして悟浄に持ってこさせた湯たんぽを足元と腰の辺りに置いて、静かに毛布をかけてやる。

こうやって三蔵の看病をするのは、何度目だろう。元来身体の丈夫な三蔵が病気になるという事はあまりないが、過労で倒れる事は実は度々あったのだ。

悟空が三蔵に引き取られてからまず思ったのが、「なんでさんぞーはいつもあんなに忙しいんだろう」だった。

朝から晩まで眉間に皺を寄せて書類とにらめっこをしている。日常の公務は勿論、大法要ともなれば先頭を切って走らせられるのはいつも三蔵だ。

そんなの適当にやっておけばいいのに、と悟空はいつも思うが、三蔵の性格なのだろう。任された以上はきっちりやらないと気がすまないらしい。手を抜いて後で問題が起きた時、ガタガタ言われるのが面倒くさいというのもあるのだろうが。

今の悟空よりも幼かった三蔵が、どうしてあそこまで働かなくてはいけないのか?

三蔵は「『三蔵法師』として、この寺院にいる以上仕方ねぇんだよ」と、つまらなそうに言っていたが、やはり悟空には理解できないし、納得できなかった。街で知り合った三蔵くらいの年齢の少年達は、親の保護の元でぬくぬくと暮らしていた。毎日悟空と一緒に遊んで、三蔵みたいに不機嫌な顔をして『仕事』をしている奴なんていなかった。どうして、三蔵だけが『仕事』をしなくちゃいけないんだろう。

あんなの寺院にいる『大人』の坊主達がすればいいのに・・・。

そう言っても三蔵は「うるせぇよ」と相手にしてくれなかったが。そして大抵潅仏会や、成道会などの大法要の後は無理が祟って倒れるのだ、三蔵は。それまで張り詰めていた糸がぷつりと切れるのだろう。若さと体力のも限界というものはある。「過労死」という言葉を寺院の坊主達は知っているのだろうか?

プライドが高い三蔵は、他人から看病されるのを非常に嫌がった。具合が悪い時も決して自分の傍に人を置こうとはしなかったが、ペットの猿だけは例外だった。―――例外というよりは、どんなに三蔵の寝室に立ち入り禁止を言い渡しても、飼い主の身を案じる小猿は思いつく限りの策を用いて、三蔵の寝室に忍び込み甲斐甲斐しく飼い主の看病をするのだ(実際、野猿のように思われていた悟空にこれだけの知恵があったのか、と僧侶達はヘンに感心した事もあった)。

当初は悟空の看病さえ嫌った三蔵だが、いい加減何回もそれが続くと慣れてきてしまう。しつこい猿を拒むのが面倒になったのかもしれない。それとも所詮相手はペットなのだから・・・と諦め半分になったのか。

悟空はそんな事を思い出しながら、三蔵の額にかかる金糸の髪にそっと触れる。そして唇が乾いている事に気づき、そっと重湯の入った吸い挿しを取ると、吸い口を三蔵のぽってりと厚い唇の間に挿し入れた。しかし、いつもはそれで素直に飲んでくれる三蔵が、どうした事がむずかるように首を振って吸い挿しを拒絶する。

「さんぞー?」

それでも、もう1度、と吸い挿しを唇に当ててみるが、吸い口から零れる重湯は三蔵の蒼褪めた唇を濡らすだけである。暫し三蔵と吸い挿しを交互に眺めた悟空は、少し考え込むと自分の口に吸い挿しから重湯を含んで、そっと三蔵の唇に自分の唇を重ねた。

(さんぞ、ごめんな。ヘンな事してんじゃ、ねえからな。重湯、飲ませるだけだよ?)

心の中で三蔵に謝罪と言い訳をして、液体が三蔵の気道に入らないように注意しながら、口移しで重湯を飲ませる。 こくり小さく三蔵の喉が鳴る。どうやら、上手く飲んでくれたようだ。何度かそうやって、三蔵に重湯を与えた。冷えた身体が温かい水分を求めているのか、三蔵は今度は素直に悟空の口から与えられる物を飲み干す。

(なんか三蔵、親鳥から餌もらう雛みてぇ)

可愛いかも、と三蔵本人に聞かれたらフルパワーのハリセンを喰らう事は必然な事をこっそりと思う。しかし、そんなのん気な事を思っていたのもつかの間。悟空は、次第に自分の身体が熱を帯びてきた事に気づいた。

(や、やべぇ・・・)

重湯を零さないようにと深く唇を重ねているうちに、自分の舌が三蔵の舌に触れる。その感触が、一度だけ三蔵と身体を重ねた時の記憶を思い起こさせてしまったのだ。

 

旅に出る少し前。たった一度だけ、悟空は三蔵を抱いた。

しかし、それは三蔵と悟空が恋人になったとか、三蔵が悟空の事を受け入れてくれた結果、という訳ではないと悟空は思っている。

あの時遠方の寺院から『高僧』という若い男が数日間、三蔵達の住む寺院に滞在していた。その男が三蔵に一目惚れして、言い寄ってきたのだ。今になって思えば、みるからに清貧と貞潔を愛するようなこの若い僧正が、思いがけない三蔵の美貌に、つい血迷ってふらふらしてしまっただけなのだろうが。

言い寄られた三蔵が男のこめかみぎりぎりに一発銃弾をお見舞いしただけで、この男は放免された。これには悟空が怒り狂った。

銃弾の音を聞きつけて飛んできた僧侶達だって、この僧正が三蔵に何をしようとしたか判ったクセに。彼の身分の高いというだけの理由で、見て見ぬ振りをしたのだ。そして、肝心の三蔵がその事に関してそれ以上何も言わなかったのが、無性に悟空の癇に障った。

どうしてあいつは許されるんだ?三蔵に触れようとしたのに。俺の大事な三蔵にヘンな事しようとしてたのに。俺があんな事したら、ぜってぇ寺院から追い出されるのに。あいつは「偉い」だけで、許されんのかよっ!?どうして、さんぞーは何も言わねえんだよっ!!

悔しくて、悲しくて、三蔵を問い詰めた。しかし「うるせえ」としか答えてくれない三蔵に苛立って、思わず彼の手首を掴んだ瞬間。そのあまりの細さに、悟空は愕然となった。

確かに男性にしては骨格が華奢な方だとは思っていた。今までもペットの特権で三蔵に抱きついたりした時など、やはり細いなとは感じていたのだが。ちょっと自分が力を込めればその骨が砕けてしまうだろう。そういえば数年前差し伸べられた三蔵の手は、悟空よりも大きかったのに。今では殆どその大きさは変わらない。いつも自分を庇護してくれていた存在は、いつの間にか自分が守ってやるべき存在になったのだろうか?

「離せ、悟空っ!!」

三蔵の苦痛を滲ませた声に、悟空ははっとなる。知らず知らずの内に、力を入れて三蔵の手首を握り締めていたようだ。「ご、ごめ・・・」

思わず謝罪の言葉を口にして三蔵を解放しようとしたが、その時金瞳に映った三蔵の、痛みを堪えて眉目を顰める表情の頼りなさに。悟空の中で何かが、音をたてて切れた。

気がつくと、三蔵の細い身体を自分の下に組み敷いて、その白い肌を貪り尽くしていた。

 

三蔵は、あの後も悟空を退けずに傍に置いてくれた。けれどあれ以来、少しでも自分に触れようとする小猿の手に性的な色を感じると、容赦無くその手を払いのける。

]「あン時、そんなに抵抗しなかったのにな」

初めこそは「ざけんな」とか「死にてぇのか」と罵声を悟空に浴びせながら不埒なペットの手から逃れようとしていた三蔵だったが。悟空が切羽つまった声で彼の名を呼び、ぽろぽろと涙を零しながら溺れる者が藁をもつかむような必死さで自分を求めてくる様に、三蔵は小さくため息をつくとそれ以上の抵抗を止めてしまった。『いやだ』とか『やめろ』とか、拒絶の言葉も一切口にはしなかった。

だから、受け入れてくれたんだ。そう思っていたけれど。悟空の腕の中で目覚めた三蔵は、何か苦い顔をして一言も悟空と口をきこうとはせず、そのまま悟空を置いて部屋から出て行ってしまった。手に入れたと思った最愛の人はするりと自分の手の中からすりぬけてしまった。

「やっぱ、俺に抱かれた事、後悔してんのかもしれないよな」

そう思うと、心の奥がずきりと痛む。

あの時は無我夢中だった。知らない内に、三蔵を傷つけたのかもしれない。プライドの高い三蔵だから、無様に抵抗するのを良しとせずにあの場は悟空に抱かれたが、やはり同性の、しかも年下の悟空に抱かれるというのが屈辱だったのかもしれない。

それでも、三蔵はあれからも自分を傍に置いてくれた。旅にも同行させてくれた。そして・・・性的な接触でさえなければ、以前のようなペットが飼い主にじゃれつく範囲でなら、たとえハリセンのおまけがついても、それを許してくれている。だから、それだけで充分だと。本当は、それだけで満足できない自分がいる事を知っているけれど。それでも、三蔵が悟空の存在を許してくれたのだから、そして三蔵に嫌われたくはないから。もう2度とあんな事はしないと。そう誓ったのに・・・。「マジ、この状態はまずいよな」

気持ちはこれ以上三蔵が嫌がる事をやって本当に見捨てられるのは嫌だ、と思っているのに、悟空の身体はあの時触れた三蔵の肌の滑らかさと、肉体の熱さを思い出して暴走しようとしている。このままでいたら、病身の三蔵の寝込みを襲ってしまいそうだ。かといって、三蔵1人を置いて部屋から出て行く訳にもいかないし・・・。とりあえず自分が落ち着くまで。

「八戒にでも、来てもらおうかな」

そう悟空がぽつりと呟いた瞬間。

『・・・ぁ』

隣り部屋から漏れてくる声に、悟空はびくんっと身体を振るわせた。

(は、八戒!?)

思わず耳をすませて薄い壁の向こうの様子を窺ってしまう。すると。

『や・・・ぁ』

それは、明らかに八戒の声。しかも、情事のまっ最中らしい鼻にかかったような甘やかな声。悟空はそう認識した瞬間、ぼんっと頬を赤らめて心の中で、声の限りに悟浄を罵った。

(ンの、エロ河童ぁぁぁぁ!!)

恋人同士である以上、あの2人の間に肉体関係があるのは知っていた。しかし旅に出てから悟浄と八戒が同室になった時に、隣室にまで派手に声が届いてきたという事はかつて一度もなかった。気配でそうと判りはするものの、やはり受け身の八戒にしてみれば恥ずかしいものがあるのだろう。故に愛する八戒の「とにかく、あの2人が近くにいる時はあまり暴走しないでくださいね」という願いを聞き入れた悟浄は、お手柔らかに八戒を扱っていた筈なのだが。

(あれ、ぜってー俺を煽ってんだっ!!)

悟浄も、悟空の三蔵に寄せる想いは知っている。寺院にいた頃も、三蔵との間に諍いがあれば泣いてこの恋人たちの元に駆け込んだ。そして、兄貴気分で『弟』の恋を八戒と共に見守ってくれている事も、それなりに知っているし感謝もしている。しかし・・・。

(これは、ねえだろ―――!!)

思わず握り拳をぐっと胸の前につくって、悟空は心の中で声の限りに叫んでみる。いくら悟浄が、悟空と三蔵の間にあった事を知らないとはいえ。そして、もしかしたら『三蔵サマが弱っている隙に、頂いちまえよ』と、悟浄の目から見たら色事に疎い悟空の後押しをしているのかもしれないけれど。それこそ『小さな親切、大きなお世話』の見本である。

隣りの部屋から漏れ聞こえてくる八戒の甘い声は、ますます大きくなり切迫してくる。その声に煽られて、悟空の身体は益々熱を帯びてくる。そして重湯を与える為に抱きかかえていた三蔵の重みと体温が、どうしようもなく悟空を追い詰めていく。

「マ、マジ、どうしよう・・・」

これ以上このままでいたら、本当に自分を抑え切れなくなってしまう。悟空が半べそ状態で、呟いた瞬間。

「・・・猿」

腕の中で、悟空を呼ぶ声がした。

「さ、さんぞっ!?」

慌てて自分の腕の中に視線を落とすと、いつの間に目覚めたのか。悟空の金瞳は自分を凝視する三蔵の紫暗の瞳とぶつかった。

 

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