君のためにできること
「八戒、今日部屋変わって……」
夕食後、悟空が悟浄と八戒の部屋を訪ねて、開口一番こう呟いた。
本日の部屋割りは、三蔵と悟空、悟浄と八戒。日頃から辺り構わず三蔵ラブラブ光線を放っている悟空。その彼が何故愛しい飼い主との相部屋を拒むのか。普段なら、飛んで跳ねて喜ぶはずなのに。
「どうしましたか、悟空。三蔵と喧嘩でもしましたか?」
「……そうじゃ、ねぇけど」
俯いたままぼそぼそと口ごもる悟空に、これは何かあったのかと、一行の保父を自認する八戒は、立ち話もなんですから、と悟空を部屋の中に招き入れる。
「さ、どうぞ」
「あ、あんがと」
八戒のベッドに腰掛けた悟空は、差し出されたマグカップを素直に両手で受け取る。こくり、と喉を通るそれは、ブランデーを少し落とした紅茶だった。
「で、どうしましたか。悟空」
「うん……」
珍しく口ごもって俯く悟空に、悟浄がいつものようにからかいの言葉を投げかける。
「なんだよ、小猿ちゃん。三蔵サマと喧嘩でもしたの?」
「うるせーっ! 猿って呼ぶなっ!! それに、三蔵と喧嘩した訳じゃねーよ!」
見えない毛を逆なでて悟浄に食ってかかる小猿を、八戒が優しくなだめる。
「じゃ、どうしていきなり部屋を変えて欲しいと?」
「……うん」
「三蔵との相部屋が、嫌なんですか?」
「……嫌じゃ、ねーけど。でも……」
「でも?」
「辛いから」
「辛い?」
「ん。三蔵とおんなじ部屋で寝るの、辛いから……」
「?」
何が辛いというのだろう。旅に出る前から悟空は三蔵の寝室に万年床を作ってやすんでいた筈だし。旅に出てからも二人部屋と聞けば、「さんぞーと一緒! ぜってー一緒!」と激しく自己主張しては、冷たい飼い主のハリセンの餌食となっていた。悟空にとって三蔵と同じ部屋で休むという事は本当に当たり前の事で、別々になると不安で仕方がないらしい。『別々の部屋だったりすると、俺が傍にいない時にさんぞーに何かあったら、とか。夜中に目が覚めた時―――あんま、そーゆー事ねえけど―――真っ暗闇ン中にさんぞーの金色の光が見えねーと、なんだか今までの事が全部夢で、俺は今でもさんぞーに会えないまま五行山にいるみてーに思えてきてさ』
いつだったか少し照れながら、そんな風に話してくれた事のある悟空。そんな彼が、何が辛くて三蔵との同室を拒むというのか?
「……だって寝ている三蔵、襲っちゃマズイじゃん」
そんな八戒の疑問に答えるかのように、悟空がぼそり、と小さな声で呟く。年の割りには幼げなまあるい頬を真っ赤に染めて。そこで八戒は、ようやく合点がいった。
坊主のクセに―――これは、差別発言なのかもしれないが―――、そして男のクセに、無意識に色気を辺り構わず撒き散らしている三蔵。彼の壮絶なまえの色香に、一体何人……いや、何十人の罪もない男達が真っ当な道を踏み外した上、彼に手を出そうとして三蔵の忠実なペットにぼこぼこにされた事だろう。
『ボーズのクセに、無駄にフェロモン振りまいてんじゃ、ねーよ』と言って、危うくS&Wの餌食となって旅の空の下で露となって消えるところだった悟浄に同情する気はないが、それでも確かに悟浄の言葉にも一理ある。いくら幼い頃から三蔵の傍にいて多少の免疫ができているとはいえ、もう決して『子供』ではない悟空。恋する対象が無意識のうちに自分を煽る姿に暴走するのを理性の力で留めるには、限界というものもあるだろう。
しかし……。
「……それは、そうですが……。確かに寝込みを襲うのはマズイですが、合意を取れば別に構わないのではありませんか? 何といっても、二人は恋人同士なんですし」
「それとも三蔵サマ、気が乗らねー、とか言って拒んでいる訳?」
諭すような八戒の言葉と、どう見てもおちょくっているようにしか感じられない河童の言葉に、悟空は少し悔しそうに頬を膨らませると、ぼそり、と妖怪である八戒や悟浄の聴覚でも捉えくれない程の小さな声をその拗ねて尖らせた唇から零した。
「……」
「は?」
「……俺、まだ三蔵抱いた事ねーもんっ!」
「……はっ?」
「だって、その、悟空……」
半ば悲鳴のような悟空の告白に、眼前のふたりの妖怪は完全に硬直してしまった。だって、ふたりは恋人同士ではないのか?
確かにその単語が、これ以上いない程似合わない三蔵主従だが。それでも悟空が三蔵を愛しているのは、今更何を、という感じだし。三蔵にしても態度にこそ示さないが―――言葉でも示したりはしないが―――。悟空を悪からず思っている事はなんとなくわかる。それどころか旅に出てから、ふたりの間に流れる空気が微妙に変わった。それはどこか、甘さを含んだ優しいもので。(それも人の心の機微に聡い八戒と、色事に関してだけは(?)やたらと鼻の利く悟浄だからこそ、感じ取れた程微かなものではあるが)。たしかにそれは『恋人同士』の間に流れるものだと。そう信じて今日まで疑わなかったのに・・・。
そんな硬直状態のふたりを気にも留めずに、悟空は悲しげに見えない耳と尻尾を垂れてきゅぅん、と項垂れる。
「・・・抱こうとすると、三蔵、すっげー嫌そうな顔するもん」
いつも強い光を放っている瞳をぎゅっと閉じて、そっと三蔵の肌に触れようとする悟空の手が伸びると、何かを耐えるかのようにきつく唇を噛み締める。頬にキスをしようとして嫌そうに顔を背けられると、それ以上はなにもできなくなってしまう。「お触り程度なら、許してくれるんだけどな」
「お触りって・・・」
「どのくらいなら、OKな訳?」
「悟浄」
興味津々のエロ河童を、自称保父がたしなめる。
「んー、キスとかぁ」
「なんだよ、お子様のちぅかぁ」
ちぇっ、おもしろくねー。と、気を取り直して火を点けたハイライトを口に咥えたまま、本当に面白くなさそうに悟浄が吐き捨てるのを、悟空がきっと睨んで噛み付くように否定する。
「ちげーよっ! ちゃんとした大人のキスしてんもんっ!」
「へー、小猿ちゃんが、三蔵サマとディープなヤツをねぇ」
意外そうに片目だけをちょっと見開いた悟浄に馬鹿にされたと思ったのか、小猿は機関銃のように喚きまくる。
「それに一緒に寝る時に、腰を抱きしめる事だってあるしっ! あとはアンダーシャツの上から触ったりとか、首筋とか耳の後ろとかにキスすんのだって許してくれる事だってあるもんっ! ・・・たまにだけどさ」
そこまで言って、しゅん、と項垂れる小猿を前に悟浄と八戒は言葉もなく互いの顔を見合わせる。それだけ許しておいて、最後の一線は越えさせないってか? それは生殺しなんじゃ・・・。
「そこまでは、いいんだけどさ」
その後の事を思い出して、悟空の声から益々覇気がなくなっていく。いざ彼を組み敷くと、途端に身体を硬くして眉間に皺の数をいつもの3割方増やす。そして視界から悟空の姿をシャットアウトするかのように、瞳を閉じてしまう。悟空にはそれが三蔵の無言の拒絶のように思えてならない。
「嫌がる三蔵を、無理矢理ヤるなんて、できねーもん」
ぽとり、と悟空の金色の瞳から大粒の涙がひとつ零れる。そんな事をして三蔵の心も身体も傷つけるなんて耐えられない。そして、そんな馬鹿な事をしてしまった為に、三蔵に嫌われてしまったら。そう思っただけで、小猿の目の前は真っ暗になる。それでなくともそんな事を繰り返しているうちに、ただでさえ悪い三蔵の機嫌が、更に悪くなっている気がしてならない。
怒っているのだろうか? 三蔵の嫌がる事をしようとしたから?三蔵に嫌われるくらいなら、桃源郷が滅びたほうがまたマシだ、と三蔵様一途のお猿は真剣にそう思う。
「それって、嫌がっているんじゃなくて、照れているんじゃないんですか?」
そんな思いつめた悟空をなんとか励まそうと八戒は、優しく幼い子を慰めるように言った。
「照れる?」
「あの、三蔵サマが?」
思いもかけない、そして想像すらした事のない言葉に、悟空と悟浄は目を大きく見開いて驚愕の度合いを八戒に伝える。あの鬼畜生臭、唯我独尊、人を人とも思わぬ、すでに僧侶どころか人としての規格から外れているとしか思えないあの三蔵が。照れる・・・?
「それは、三蔵だって一応人の子の筈ですから。おそらくは初めての行為なんでしょ?」
「あとは、『イヤよ、イヤよも好きのうち』ってか?」
にやり、と口元をいやらしく歪めた悟浄の言葉を、悟空が耳聡く察知する。
「なに、それ?」
「口では『イヤだ』って言って拒んでも、実際はイヤじゃねーって事」
「・・・僕的には、あまり好きな言葉じゃないですけどね。スケベ親爺が自分に都合のいいように解釈しているみたいで」「・・・八戒、スケベ親爺ってもしかして、俺の事?」
「さぁ」
そうは言いながら冷ややかな瞳で肯定する三年にわたる同居人兼相棒に、悟浄はがっくりと肩を落として先程までの悟空のように項垂れる。
「・・・でもさ、三蔵は嫌な事ははっきり嫌って言うよ」
嫌でもない事を「嫌」なんて、言うんだろうか?確かに言葉で『いやだ』と拒まれた訳ではないけれど。お触りまでなら、それなりに黙って受け入れてくれる三蔵が、少しでも悟空がそれ以上進もうとするとあからさまにあの『嫌そうな』顔をする。「・・・そんな三蔵、抱けねーもん」
あんな風に強張った顔をされては、自分の方が悲しくなってしまう。大切な人なのに。誰よりも、何よりも愛しい宝物なのに。それなのに、自分が三蔵を抱こうとする事によって、あんな顔をさせてしまうくらいなら。
「そー思って、最近はお触りも止めたんだ。あれも、もしかしたら、三蔵イヤなのかもしれないし」
元来が接触嫌悪気味の三蔵だ。自分の場合、幼い事からのスキンシップで免疫がついているからこそ、それでもここまで許してもらえているのだろう、と悟空は思う。これが悟浄だったら、間違いなく愛用のS&Wによって蜂の巣にされる事間違いないだろう。
でも本当は、それも嫌なら・・・三蔵に触れる事ができないのは、死ぬほど辛いけど。三蔵を傷つけるのは、死ぬより辛いから。
「でもさ、流石にそうなると、三蔵との同室は、ちょっと・・・というか、かなりキツイからさ」
だから、部屋を換わって欲しいという訳か。愛する人との同室で、自分の欲望が押さえいれなくなったら・・・。それが不安で仕方ないから、と。
「お前さぁ、男だろ」
「ンだよ」
八戒の無言の攻撃に部屋の片隅でいじけていた悟浄が、なにやら急に兄貴風を吹かせたような口ぶりで、悟空の前にどん、と構える。
「好きなヤツ前にして、手も出さねーなんて、男じゃねーぞ!」
「なんでだよ、男だからこそ、好きな人を傷つけちゃ、いけねーんだろっ!!」
「あのさぁ、あの三蔵サマが本当に嫌ならてめぇにキスのひとつも許さねぇだろーが」
「でも、それは・・・」
「親子のスキンシップってか? 三蔵だって、親子のちゅうと恋人のキスの区別くらいつくだろーが」
本当に悟空との接触を嫌っているんなら、あんな度の過ぎた『お触り』なんて許す筈がない。それが、例え相手が悟空であってもだ。
「てことは、やっぱり三蔵サマのは『嫌よ嫌よも好きのうち』なんだって」
「・・・ほんとに?」
悟空の瞳に、不安と期待の色が混じる。
「色恋に関しては、猿よかずっと大先輩のこの俺のいう事だ。間違いはない」
「・・・八戒」
とはいえ、やはりエロ河童の言う事はイマイチ信用できないのか。悟空ははるかに信用度の高い八戒を仰ぎ見る。
「・・・そうですねぇ。悟浄の言い分はともかく。1度三蔵と話してみたらどうですか?」
どこまであの三蔵が素直に喋るかは、八戒にもわからないが。それでも。
「悟空の思い過ごし、って事もあるかもしれませんよ。三蔵を大切に想い過ぎるあまり、自分の考えに捉われ過ぎているだけかもしれませんしね」
そう噛んで含むように説いてくれる八戒に、悟空は不安げな面持ちながらも、それでもこくり、と頷いた。
悟空が部屋に戻るとすでに三蔵は、新聞を畳んで寝る仕度をしている最中だった。こんな状態の時に果して三蔵が自分の話を聞いてくれるのか。一抹の不安を残しながら、悟空はおずおずと飼い主に声をかける。
「あのさ、さんぞ」
だが愛しい飼い主から返ってきた言葉は、予想通りというか、実に素っ気無い一言だ。
「却下」
「まだ、俺なんも言ってねーよ?」
縋るような大きな瞳で見上げる小猿を、他人ならば哀れと思うのだろうが。残念ながら、黄金の髪をもつ最高僧はそんな感情は持ち合わせてはいないらしい。
「うるせえ。言わなくても、どうせくだらねー話なのは判っている」
しかしここで引いては、八戒達のいうように話し合いにはならない。悟空はしつこく、しぶとく三蔵に言い寄る。
「そんな事、ねーよ」
「黙れ」
「さんぞっ」
「うるせえってんだろーが。馬鹿猿」
「さ・・・」
「コロスぞ!」
自分の方をちらりとも見てくれない、つれない三蔵に、悟空の中で何かがぶつり、と音を立てて切れた。
「もう、いいっ!!」
そう言ったかと思うと、悟空は目にも止まらぬ速さで三蔵の腕を掴むとベッドに押し倒して、その華奢な身体の上に馬乗りになった。あまりなペットの所業に、三蔵の額に怒りの青筋がぴき、ぴきっと浮かぶ。
「てめ、この猿! なにしやがんだっ!!」
「せっかく話し合おうと思ったのに、さんぞ、ちっとも聞いてくんねーんだもん!」
「てめぇが俺と話し合いなんて、百年早ぇ!!」
「だから、もういいっ!! さんぞの身体に聞くっ!!」
「・・・あ?」
一瞬三蔵の耳が機能停止する。なにやら聞きなれない言葉を、聞いた気がする。しかも、そんな言葉を知っているとは、到底思えない、小猿の口から・・・。
「このアホ猿! ンな生意気な言葉どこで覚えてきやがった!?」
そう言いながらも三蔵の脳裏に、18禁指定のエロ河童のにやけた顔が瞬時に浮かぶ。
(あンの変態R指定エロゴキブリがぁぁぁ!)
猿に余計な事吹き込むんじゃねえ! マジぶっ殺す!三蔵が怒りと驚きに半ば思考停止している間にも、悟空は三蔵の手首をやすやすと片手でシーツに縫いつける。そして悟空の唇が飼い主の耳の後ろに触れた途端、びくり、と三蔵の身体か小さく揺れた。
「ご、ごくぅ」
明らかに戸惑っている声。悟浄や八戒の言葉に勇気付けられたのか、または先程の三蔵の態度にカチンときたのか。今夜の悟空は、やけに強気に三蔵の動揺にも構わずに愛撫の手を進めていく。
(そうだよ。エロ河童も言ってたもん。ホントはイヤじゃねーのにイヤって言う事もあるって)
嫌な事に対しては、意思表示がはっきりし過ぎている三蔵に限って、そんな事はないんじゃないか? と心のどこかで思わないでもないが。
こんなにも三蔵の事を愛して、大切にして、嫌な想いをさせたくないと願っている自分の気持ちをちっとも判ってくれない、自分勝手で横暴な想い人。
(いいいもん。だったら、俺も好きにするもん! ぜってー、さんぞーを抱くもん!)
する人も気持ちを思いやってずっとガマンの子だった小猿も、もはや限界か。暴走したお猿を止める事ができるのは、唯一絶対の飼い主のみだが。今の場合、自業自得の三蔵の言う事は、もはや悟空の耳には入らないかもしれない。
「や、やめっ! 悟空!!」
いきなり法衣の襟元を乱して入り込んできた悟空の手の感触に、三蔵が悲鳴に近い声をあげる。いつものように、優しいキスも穏やかな愛撫もない乱暴な悟空の動きに、流石の三蔵もパニック寸前である。
(一体、なんだってんだっ!?)
これではまるで、強姦ではないか? なんで自分が猿に強姦されなければ、ならないのか?
いつもは、三蔵を気遣って過ぎるくらいに丁重に肌に触れようとする優しさのこもった悟空の手が。まるで見も知らぬ男のもののように思えて、身震いする。必死になって悟空から逃れようと身をよじるが、しょせん悟空の力に敵う筈がない。圧し掛かってくる悟空に押さえつけられて、身動きひとつできない屈辱に三蔵はきゅっと唇を噛む。
(この馬鹿猿が!)
飼い犬に手を噛まれるとは、こう言う事をいうのか。いや、こいつは飼い猿か。三蔵は心の中で忌々しげに舌打ちをする。それでなくとも、ここのところ悟空の行動に振り回されていて、苛ついていたのだ。この自分がそれでも、ガマンしてやっていたというのに。つけ上がりやがってっ!!
そう思って、自分の馬鹿猿を怒鳴りつけてやろうとした瞬間、悟空の指先が三蔵の胸飾りに触れた。その感触に驚いた三蔵は、不埒なペットを怒鳴りつけるどころか、瞳をぎゅっと閉じて悟空から顔を背けた。
その瞬間、いままでとうとう反抗期到来か、と思う程の暴走振りをみせていた悟空の動きが、ぴたりと止まった。そして、ふるふると身体を震わせたかと思うと、ぼつり、と言葉が小猿の口から零れる。
「・・・できねえよ・・・」
呟いた言葉と共に、悟空の涙がぱたぱたと三蔵の頬に落ちた。
「やっぱ、俺にはできねーよ! さんぞぉぉぉ!!」
そう叫んだかと思うと、悟空はいきなり三蔵の身体をぎゅうぎゅうと力いっぱい抱き締めて号泣する。三蔵はそんな猿を思い切りハリセンでぶちのめしてやろうかと思ったが、如何せん両腕ごと拘束されている身ではそれも叶わない。それどころか、耳元でおんおん泣き叫ぶは、底無しの馬鹿力で抱き締められるわで、痛いわ、煩いわ、苦しいわ。流石の三蔵も失神寸前だ。何が何だか、マジでわからない。
悟空の言動は、いつでも突拍子もないが、それもここに極まれり、という感じだろう。
一方、悟空の方は。三蔵のあまりにも理不尽な態度についキれてしまって、襲いかかったが。『あの顔』が、沸騰した悟空の頭に冷水を浴びせる事となった。
悟空に触れられるのを心底嫌悪しているかのような、『あの顔』。そんな顔させたくなくて、だからこそ今まで湧き上がる欲望をおさえてきたというのに。それなにの、逆上して無理矢理抱こうとして、今までで最悪なくらい三蔵に嫌そうな顔をさせてしまった。
そうだ、「やめろ」とまで言っていた。言葉で拒絶されたのは、おそらく『恋人同士』―――というか、想いがそれなりに通じ合ったのを確認してから、初めての事だ。
ああ、もうダメだ。三蔵を傷つけてしまった。完全に三蔵に嫌われてしまった。もう2度と顔も見たくない、というだろうか? 今すぐ俺の前から失せろ、と宣告されるかもしれない。そう思っただけで、世界が足元から崩れてしまいそうだ。
そうしたら、どうすればいい?太陽を失って。どうやって自分は存在していけるというのか。
「やっぱ、ぐすっ、エロ河童の、言う事なんか、ひっく、聞かなきゃ、よかった、ぐす・・・」
やっぱり、嫌なものは嫌なんだ。なのに、無理強いしようとして、三蔵に嫌われてしまった。こんな事になるくらいだったら、初めの決意通りガマンすればよかったんだ。
悟空は激しく泣きながら、心の中で愚かな自分と、そんな自分をけしかけた悟浄を言葉の限り罵った。