ma chrieー永遠への序曲ー
「思った程は、荒れてねぇな」
山門を潜った三蔵は、視界に入ってきた建物を見上げて、ぽつりと呟いた。
金山寺―――。
この寺を後にしてから、十三年の歳月が流れた。自分がこの寺を離れてすぐに妖怪共に襲われて、六道―――当時はまだ、朱泱と名乗っていたが―――以外は皆殺しにされたと聞いた。
その後大殺戮が起きて血に塗れたこの寺を忌み嫌い、不浄の地とされ本山からも代わりの僧が送られてくる事はなく。かといって、嘗ては三蔵法師のいた由緒正しい寺を廃寺にする訳にもいかず。近隣の村から、時々手入れと管理をする為の通いの下男と雇い入れ、住職のいないまま長い時を経ていた。
だが人の住まわぬ寺の割には、三蔵が想像していた程の浅茅が宿、という感じでもない。それでも嘗ては光明三蔵を筆頭に、百人近い僧が暮らしていたあの頃の静かで、それでいて華やかな面影はまったく見当たらないが。
(当然か)
三蔵は口元に微かに苦笑を浮かべると、幼い自分が光明三蔵と共に過ごした、そしてこれからは悟空と共に暮らしてゆく『我が家』を、紫暗の瞳を細めて感慨深く見つめた。
「三蔵?」
自分の名を怪訝そうに呼ぶ悟空の声に、はっとなる。
「どうしたんだ? そろそろ日が暮れるから中入った方がいいよ?」
「あ、ああ」
悟空は、ひょいと荷物を両手に担ぐと夢から覚めたような表情の三蔵に「こっち?」と比較的新しさを感じさせる離れの方を顎で示すと、そのまますたすたと歩いていく。そんな悟空の広い背中をぼんやりと見つめながら、三蔵はこの数ヶ月を振り返っていた。
「金山寺に移る」
三蔵が長安随一を誇る大寺院の僧侶達にそう宣言したのは、二ヶ月程前の事だった。
亡き師の形見を探す為に暫くの間と思って滞在した筈のこの寺院に、いつの間には十年以上も住み着いていた(無論、うち数年間は西への旅で不在ではあったが)。
牛魔王蘇生実験も阻止し、師匠の形見も取り戻す事ができた以上この寺院にいる理由はないのだが。『三蔵法師のおわす寺院』の名誉を失いたくはない僧侶達の思惑と、長安というお膝元にいる三蔵が使いやすいのか、その後も何かと使命を押し付けてくる三仏神に阻まれて、ずるずるとこの寺院に居着いてしまった。
だがしかし。
(もう、こんな寺にいる必要も義理もねぇ)
数ヶ月前に三蔵と悟空の間で起きた出来事を思い起こして、三蔵はそう思う。
結局は自分の弱さが原因だといえば、それまでだろう。いつかはきっと悟空は自分の元を離れていくのではという不安に押し潰されて、悟空を邪魔者扱いする坊主達の言葉を聞き流す事が出来ずに悟空を苦しめた。お互いが血を吐くような想いで離れ離れになり、遠回りをして、やっとの事で今度こそ本当に三蔵は悟空を受け入れる事が出来た。
だがここにいれば、あんな事はこれからも幾らでもあるだろう。最高僧である三蔵と、妖怪の悟空が他人ではない間柄だという事自体、頭の固い坊主共には許しがたい事実なのだ。
『三蔵様のお為にならないから』という大義名分を掲げて、これからも目障りな存在である悟空を追い出す事に躍起になるのは目に見えている。今更そんな坊主達の讒言に心揺らぐ三蔵ではないが、そんな煩わしさが待ち受けている事が判っていながら、尚もここに留まる必要はない。
坊主達は忘れているかもしれないが、三蔵の身柄はここに帰属している訳ではない。彼は客分に過ぎず、今でも三蔵は『金山寺』の人間なのだ。三蔵が正式にこの寺院に帰属しない限り、三蔵がここを出る、といえば彼を引き止められるものはなにもない。いつの間にか、三蔵はこの寺の人間だ、と思い込んで裏に手を回して完全に彼を取り込んでおかなかった事を、この寺の坊主達はあとで死ぬ程後悔した事だろう。こんな寺に、未練など欠片もない。
もう迷わない。自分自身で結論を出した。悟空と共に生きていくと。
あるがままの弱い自分を受け入れて、本当に心から望むものに素直になろうと。今度こそ、亡き師が自分に最後まで求めた本当の『強さ』を掴むのだと。
思えば自分が頑なに、求める事は弱さだと自分を戒めていた頃から、すでに悟空はそんな『本当の強さ』としなやかさを持っていた。奴は自分の強さも、弱さも、あるがままの自分を素直に受け入れていた。良いとか悪い、ではなく、それが『自分』の姿なのだと。己の弱さに歯噛みをして悔しがっても、それから目を背けて関わらないようにするのではなく、いつもその弱さを真正面から受け止めていた。
そんな悟空の『強さ』に、『輝き』に、自分は惹かれていたのかもしれない。悟空はいつも自分の事を『太陽だ』と言っていたけれど、三蔵にとっては悟空こそが眩しい『太陽』そのものだったのだから。
「三蔵、荷物ここ置いとけばいいのか?」
「ああ」
下男は全て通いの者ばかり。この広い金山寺に住むのは、三蔵と悟空のふたりだけだ。
広すぎる住まいは却って不便だと、三蔵は離れの一棟だけを修築させてそこを仕事部屋と私室にした。畳敷きの和室で、文机と衣装行李のみが置いてあるこじんまりとした、これからの住処。長安での三蔵の私室に比べてれば慎ましい限りだが、三蔵にはこれで充分だった。
思えばこの十数年、ずっと歩き続けてきた。立ち止まる事を自分に許さず、ただ血と硝煙の匂いの中を、ひたすら前に進み師の形見取り戻す事だけを自分に課していた。
もうこのあたりで、少し休んでもいいだろう。誰にも煩わされず静かに時を刻んでいく事を、自分に許してもいいかもしれない。そんな事をぼんやりと考えている自分に気づいて、三蔵は口元に微かに苦笑を浮かべる。
あれほど常に警戒し、ぴりぴりとしていた自分はどこに行ってしまったのか?無意識のうちに、自分を傷つけようとする『世界』に鎧で全身を固め威嚇してきた自分は、どこへ?
柄でもない考えだとは自分でも判っているが、最近どうも万事がこんな調子だ。
(悟空の影響か……?)
猿のここ近年の穏やかさが移ったのだろうか?悟浄辺りが知ったら「飼い主がペットに似てきた」と、大爆笑する所だろう。
それまでは、他人に安らぎを求める事など、言語道断。他人など信じられないし、愛情なんて尚更だと思い込んでいた三蔵にとって、『弱い自分を受け入れて、己の本心に素直になる』というのは、想像以上に大変な事だった。
悟空のぬくもりに安堵する自分を、ついいつものクセで否定しようとし、慌ててこのぬくもりに全てを委ねていいのだと、自分に納得させる。自分に差し伸べられた手を取る事が、弱さではないのだと理屈では判るようになっても、長年の習慣でどうしても本能の方がその手を取る事を躊躇してしまう。
二十数年に渡って身につけていた価値観が、全て覆される思いだった。そして、やっと判った。どれだけ自分の心の歪みが大きかったか。その為にどれほど悟空を傷つけていたか。
信じられないのは悟空ではない。自分自身だったのだ。自分は愛される資格のない人間だと。本当にありのままの自分を愛してくれる奴など、いる筈がないと。
顔も覚えていない。実の親に捨てられる程度の命なのだ。そんな無償の愛情を注いでくれる筈の親にさえも愛されなかった自分を、誰が本気で愛してくれるというのだろう。
唯一自分に無償の愛を注いでくれた、亡き師匠。彼がもっと長く三蔵と共にいる事ができなならば、あるいは三蔵の歪みも早くに修正できたかもしれない。三蔵に必要なのは、なによりも『あるがままの、そのままの自分が愛されている』という実感だったのだから。しかし三蔵を庇って師が殺されたという事実は、やっと塞がりかけた三蔵の傷を更に深くえぐる結果となった。
こんな自分の為にお師匠様が死ぬ事はなかったのに。 死ぬのは、自分であるべきだったのに。
価値のない命。ずっとそう信じ続けていた。愛されている、という事を信じられない孤独。惹かれているのは、単にこの目立つ容姿だけなんだろう。ツラの皮と『三蔵法師』の肩書きがなくなれば、誰が自分みたいな人間を必要とするだろう。
悟空だって同じだ。自分を幽閉から解放してくれた人間に、刷り込みでくっ付いてきているに違いない。あの時猿に手を差し伸べたのが他の人間だったなら、奴は間違いなくそいつの元にいくだろう。
ずっとそう思っていた。思い込もうとしていた。悟空の愛情を信じて、あとでやはり自分は本当は愛されていなかった、と思い知らされるのが、堪らなく恐ろしかったから。そうしたら今度こそ本当に自己の存在を、完全に否定せずにはいられなくなるから。
やはり、自分は人から愛される価値のない人間なのだと。誰よりも、悟空にその『現実』を突きつけられるのが、怖かった。そう、本当は求めていたのかもしれない。ただ自分の本心を見ようとしなかっただけで。誰かを、必要とする事を。必要とされる事を。
観世音菩薩の言ったように、所詮人間はひとりでは生きてはいけない弱い生き物なのだ。だからこそ、寄り添って互いを支え合おうとするのかもしれない。そんな当たり前の事すら、ずっと三蔵は知らずにいたのだった。
そんな『愛されるべき人間ではない』と誤って魂に刻まれてしまった、三蔵の心の傷を悟空は溢れんばかりの愛情で癒してくれた。誰よりも、三蔵が好きと。誰よりも、愛していると。
どんなに鬱陶しがっても、どれほど手酷く突き放しても。それでも、悟空は自分を慕って、自分の後をついて来た。今になって思えば、ああやって無意識のうちに悟空の愛情を試していたのかもしれない。何があっても、コイツは自分から離れないと。自分を愛してくれると。そんな確証が欲しくて、どれ程悟空を傷つけてきた事だろう。
苦い想いが三蔵の胸を突く。
愛情など必要ないと、頑なに言い張る自分が実は誰よりも愛情を必要としていた。そんな餓え乾くような、底無しの愛情を求める心を満たしてくれたのが、悟空の限りない愛情だった。人はたったひとりの人間をこれほどまでに、深く、強く愛せるのかと感嘆せずにはいられない、悟空の一途な惜しみない愛情が、三蔵の傷ついた心に癒しの油を注いでくれた。そして、やっと実感できた。自分は、愛されているのだと。愛される存在なのだと。
何の肩書きがなくても、例え出会いがどんな形であっても、どれ程姿形が変わろうと。それでも、『素の自分』を愛してくれる者がいるのだと。それを自分に教えてくれるのは、誰でもいい訳ではない。悟空でなければ、ダメなのだ。理屈ではない。悟空がただ真っ直ぐに、理論も法則なく、ただ三蔵を求めるように。三蔵もまた無意識のうちに、悟空の愛情をずっと求めていたのだから。
「三蔵、疲れた?」
ぼんやりと入り口に立ちすくんだ三蔵を、悟空が心配げに見つめる。どうやら考え事をしているうちに、深みにはまってしまったようだ。
「今風呂沸かしてくっからさ。あと、近くのおばちゃんが、夕飯持ってきてくれた。それ食って今日はもう寝た方がいいよ」
数ヶ月前に三蔵との間に諍いがあって、悟空は寺院を飛び出した。
悟空がいない間に三蔵が傷を負い、自分の為にその怪我が更に悪化して一時はかなり危険な状態であった事を、悟空はまだ気に病んでいる。 ずっと寝付いて暫くは自分の足で歩く事もできないほど、三蔵は体力も筋力も衰えていた。 辛いリハビリを黙々とこなす三蔵に、悟空は申し訳ない思いでいっぱいだったが、しかし当の三蔵は焦りも気負いもなく、健康を取り戻す努力を続けていた。
そんな三蔵を見守る事しか出来ない自分が情けなくて、悔しくて。何度唇を噛み締めた事だろう。実際三蔵は、今も決して本調子ではない。長年の疲れがここにきて、一気に吹き出た事もあるのだろう。今でも少し無茶をすると、すぐに熱を出す。
だからこそ、今度こそ自分がしっかりと三蔵を守らなければいけない。これからは、三蔵とふたりっきりなのだ。もっともっと、強くなって、大きく三蔵を包み込めるようになって。三蔵がどんな時でも安心して、静かに暮らせるようにしてあげたい。
自分にとって三蔵こそが『世界』であり、『居場所』であるように、三蔵にとっても自分がそんな存在になれるように……。
近所の女が持ってきた夕餉をいそいそと小さな卓に並べていると、悟空は背後の三蔵の気配が動いたのに気づいて、慌てて振り返る。
「って、三蔵どこ行くんだよっ?」
「……うるせえ」
ぼそり、とそれだけを吐き捨てるように言うだけで、悟空の問いに応えようとはしない。
たとえ以前に比べれば格段穏やかになったとはいえ、やはり愛想なしで俺様なところは永久に変らないのだろう。「メシと、風呂は……って、さんぞっ?」
くるりと背を向けて部屋から出て行く黄金の髪の恋人の後を、急いで悟空は追う。なんといっても悟空はここに来るのは初めてで、内部の勝手が判らない。
三蔵はここで育ったのだから、内部の事情に詳しいだろうし心配はないのかもしれないが、やはり長年無人に近かった寺だ。着いた当日に、三蔵ひとりで歩き回らせる訳にはいかない。
三蔵は無言でまだ灯りの灯されていない暗く長い渡り廊下を、慣れた様子で歩いていく。その様子はあきらかに目的の場所があるようだ。
三蔵がある部屋の前で、歩みを止めた。
「三蔵?」
暫し黙ったまま、部屋の前で佇む三蔵に悟空は遠慮がちに小さく声をかける。びくり、と肩を揺らした三蔵は、それでもその声に後押しされたのか、深く肺に溜まった息を吐き出すと、彼には珍しい程の躊躇いを一瞬だけ見せたが、それも瞬時の事。悟空が、心配げに三蔵を見上げた時には、すでに彼はいつもの仏頂面で、いささか乱暴に襖を両手で左右に開く。
「さんぞ、ここは……?」
薄暗い室内を、悟空は夜目の利く金瞳でぐるり、と見渡す。先ほどの三蔵の私室に比べると、かなり広い和室だ。長年使われていなかった畳も障子も黄ばんで古ぼけて、物悲しい程寂れてはいるが、それでも嘗てはかなりの身分の僧が使用した部屋なのだという事は、悟空もぼんやりと感じとれた。
入り口で凍りついたように身動き出来ずに、紫暗の瞳で室内を凝視する三蔵。そんな三蔵の様子に何かを感じたのか、悟空は同じ問いを繰り返そうとはせずに、黙って佇む三蔵の横を抜けて部屋の中に足を踏み入れ、中庭に面しているらしい障子を全開した。
いつの間にか完全に日が落ちたらしい。ぽっかりと浮かんだ満月の光が暗い室内を明るく照らし、清浄な外気が淀んだ空気を清めていく。
「さんぞ? 大丈夫か?」
いつまでたっても時が止まったかのように身動きしない三蔵を案じた悟空が、そっと愛する人を脅かさないように声をかける。その、自分を呼ぶ馴染んだ声に弾かれるように、再び三蔵はびくりと身体を揺らす。白昼夢から目覚めたかのような三蔵を、駆け寄った悟空の金色の瞳が心から心配そうに見上げて、そっと三蔵の白い額に温かな手のひらを当てる。
「三蔵?」
「……ああ、大丈夫だ」
少し震える声でそう呟くと、三蔵はきゅっと唇を噛み締めて荒れた畳の上に一歩を踏み出す。素足にささくれ立った畳の感触が、少し痛い。最後のこの部屋に足を踏み入れたのは……そう、あれは夜半に師匠に呼び出された時だった。
あの日は朝から雨が降っていて、大気が重い湿気を纏う中、自分は『玄奘三蔵』の名と、『強くあれ』という言葉を誰よりも大切だった、無二の人から与えられ、そしてその直後に彼を喪った。守りきれずに、自分の為に彼の命を喪わせた……。そしてあの日以来、三蔵の時間は止まってしまった。養い親であり、唯一自分を愛してくれた人を失った十三歳のまま、三蔵はここまで来てしまったのだった。
あの夜師匠の血を浴びた壁も、畳も、全てその痕跡を残さない為に新しい物と替えられていた。しかし、三蔵の紫暗の瞳には、当時の様子が一分の狂いもなく映し出される。
ここにもう一度戻ってくるとは思わなかった。この場所に、もう一度足を踏み入れる事が自分に出来るとは、正直思っていなかった。ここは、自分の罪と弱さの象徴だから。何よりも目を反らせたい、自分の愚かさをまざまざと見せつけられる場所だから。
そんな自分が、ここに帰る決心をしたのは……。
「三蔵、本当に大丈夫か? 部屋に戻って休んだ方が……」
青褪めた顔で、彫刻のように佇んで室内を見つめる三蔵の姿に、悟空が遠慮がちに声をかける。
三蔵は自分の口から、自分の過去を語る事は殆んどなかった。それでも長安の寺院に長く住むうちに、悟空も坊主達の噂話から三蔵の生い立ちについて多少の情報を得る事はできた。捨て子で河に流されていた幼い三蔵を先代の三蔵法師が拾い上げ、養い、そして三蔵を自分の後継者としたが、妖怪が経文を狙って金山寺を襲った際に三蔵を守って、先代は妖怪に惨殺された、と……。
だから正直悟空は、三蔵が金山寺に戻ると言った時、心からそれを受け入れる事は出来なかった。居心地の悪い大寺院を離れて、三蔵とふたりっきりで暮らすというのは悟空の長年の夢であっただけに大賛成だが。何故三蔵にとっては苦く苦しい思い出のある金山寺でなくてはいけないのか?
強いようでいて、案外精神的に脆いところのある三蔵だ。慕った師を喪った場所に戻る事は、三蔵の心の傷を再び抉りはしないだろうか? また雨の夜に、眠れぬ日々を過ごすのではないか?
……だが、三蔵は金山寺に戻ると言った。あの数ヶ月前の一件以来、三蔵は精神的に安定感をみせるようになった。以前程ピリピリとした空気を全身に纏う事も少なくなり、時々悟空にしか判らない程度だが、穏やかな笑みを口元に浮かべる程にもなった。
だから……三蔵が決めた事だから。
彼が自分の中で何か結論を出して決めた事なのだろうから。もし、ここに帰ってきて三蔵が傷つく事になったら、その時は自分が傍にいればいい。思いっきり彼を抱き締めて『ひとりじゃないんだ。三蔵を愛しているヤツがここにいる』と、ずっと三蔵に伝え続ければいい。三蔵が心の傷を乗り越えようとするのならば、それがどんなに荒治療であれ、それを邪魔してはいけない。
お互いを甘やかせて、辛い現実から目を背けさせるだけの愛情なんて、三蔵は自分に望んではいない筈だから。確かに三蔵は精神的に脆いところもあるけれど、でも、それと同時に誰よりも強くそして、しなやかな心も持っている。だから、三蔵が自分の中の過去と立ち向かう事を望むなら。それが三蔵にとっても、自分にとってもどんなに辛い事でも。絶対、邪魔をしちゃいけない。
そのかわりに、いつでも三蔵の傍にいる。必要な時に、すぐに三蔵を抱き締められるように。苦しみを少しでも分かち合えるように。どんな時でも、三蔵と共に歩けるように……。