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「ん……」

差し込む朝日が瞼を刺激する。悟空はまだ眠たい目を両手で擦ると、大きく伸びをしてむくりと三蔵のベッドの横に敷かれた万年床から起き上がった。そして、さわやかな朝には相応しくないため息をひとつつく。

三蔵は、夕べもその肌に触れる事を許してくれなかった。

「あんでだろう。俺たち、恋人同士じゃねーのかよぉ」

半月前、悟空は念願叶って三蔵の肌に触れる事を許された。拾われてから、6年。好きで、好きで、大好きで。この世の何よりも愛しい三蔵。しかし彼は男で、自分も男。その上年下のペットの養い子という、実にもって立場の弱い悟空ではあったが。

しかし『諦め』という言葉を知らない悟空の、6年間1日も途切れる事なく続いた猛烈なラブコールに、とうとう三蔵が白旗を上げたのか。悟空は見事、合意のもと愛する三蔵をその腕に抱き、ふたりは晴れて恋人同士になった……筈なのだが……。

「あんでだよぉ」

 

 

『いーじゃん! やっと公務の旅行が終わって、寺院に帰ってきたんだよっ!』

『ざけんな! だいたいてめーは勝手について来たんだろーがっ! 俺はゆっくり寝たいんだよ。だいたい寺ン中で、何不埒な事考えていやがるっ』

『ンな事言ったって、長安に帰るまでずっと野宿だったじゃん! 野宿じゃ、さんぞー触らせてくんないじゃんっ』

『あたりめーだ! どこの馬鹿が、外でヤるってんだよ!』

『外もダメ、寺院でもダメ! だったら、いつなら三蔵抱いていいんだよっ!』

『いつでもダメに決まってんだろーが、この馬鹿猿っ! 図に乗るんじゃねえ!』

『ええっ、だってこの間は、さんぞ抱かせてくれたじゃん!』

『……あん時は、あん時だ。二度目はねえっ!』

『そんなっ! さんぞぉぉぉぉぉ』

 

昨夜の三蔵との遣り取りを思い出して、悟空はきゅーんと項垂れた。

初めての夜以来、三蔵は徹底的に悟空を拒んでいる。あの日から間をおかず三蔵は三仏神の命で寺院を留守にし、悟空も駄々を捏ねて飼い主に付き従った。人里離れた場所が目的地という事で周囲に宿屋もなく、この2週間近く殆んど野宿状態だった。そして野外での行為を激しく拒む三蔵に、指一本触れる事も許されなかった悟空は、長安に帰る日を一日千秋の思いで待ち焦がれた……が。

いざ帰ってみれば、前記の通り。三蔵を抱く所か、ふたりが関係を持つ前までは許されていた添い寝さえ、激しく抵抗されて悟空はベッドから蹴り落とされたのだった。

「さんぞ、俺の事好きで抱かれてくれたんじゃ、ねーのかよ」

ぽつり、と零れた自分の言葉に胸が締め付けられて、小猿がぐすっと鼻をすする。合意だと思っていたのに、そうじゃなかったんだろうか?それとも、初めて抱いた時舞い上がりすぎて、乱暴に扱ってしまったのだろうか?だから、三蔵は自分を嫌いになってしまったのだろうか?

考えれば考える程瞳の奥がじわっと熱くなり、小猿はくしゃっと顔を歪める。そんな悟空の気持ちも知らず、ベッドの中の住人が小さく寝返りを打った。

「さんぞ……」

朝日が反射して、きらきら輝く黄金の髪。その眩しさは、まるで太陽そのものだ。そして僅かに悟空の方に向けられた白い面さえもが、朝日の中で発光してみえる。

綺麗、とっても綺麗。

そっと悟空はベッドの横に跪くと、三蔵を起こさないように細心の注意を払って柔らかいさらさらした前髪をかき上げる。目が覚めていたら絶対許してはくれないであろう、おはようのキス。

愛しい人の白い額に刻まれた深紅の印にくちづけを落とそうと、悟空がゆっくりと顔を近づけた次の瞬間。

「ああぁぁぁぁ―――っ!?」

広大な寺院一帯に響き渡る、小猿の絶叫。

すでに朝の勤めを終えて、各々の修行の場に赴こうとした坊主達が「何事か?」と、足を止めたその瞬間。

すぱぱぱぱ―――んっ!!

キレのよいハリセンの音と共に、悟空の絶叫に劣らない程の猛烈な怒声が寺院内に木霊した。

「うるせ―――っ! 死にてーか、この馬鹿猿―――っ!!」低

血圧の寝起きでありながら、今朝も三蔵のハリセンの威力は絶好調であった。

 

 

「……ねぇな」

「だから、俺そー言ったじゃん」

真っ赤に腫れ上がったほっぺたを両手で擦りながら、半泣きで悟空が訴える。しかしそんなペットの声は、三蔵の耳にはこれっぽっちも届いてはいない。鏡の前で己の前髪をかき上げた三蔵は、自失呆然となっている。

ないのだ。己の額に。あるべきはずの、昨夜までは確かにあった深紅のチャクラが、綺麗さっぱり額から消えていたのだ。

「キスしようと思ったら、チャクラがねーんだもん。驚くなってほうが無理じゃん」

だからって、耳元であんなでかい声でわめくな。鼓膜が破れる、とか。人の寝込みを襲って、キスなんかするんじゃねー、とか。言いたい事は山ほどあるのだが。三蔵の口から零れる言葉は、ただひとつ。

「ねぇな」

それだけであった。

 

 

 

朝の取り乱しようが嘘のように、一見三蔵はいつもと変りなく公務に勤しんでいる……ように見えるが、明らかにその視線は目の前の書類の文字を上滑りして、その内容は少しも脳に伝達されていない。

三蔵の額のチャクラが消えた事を知る者は、悟空ただひとり。日常接する坊主達も、三蔵の威圧感と慢性化した不機嫌さに恐れをなして、まじまじとその顔を見る命知らずな者などいない。ましてや、あって当然の深紅のチャクラ。悟空のように髪をかき上げ、チャクラにキスを、などと不埒な行いでもしない限りいちいち有る無しなど気にも留めないのが普通だ。しかしいつかは、この寺院の坊主達も気づくだろう。最高僧・三蔵法師の証である、深紅のチャクラ。神の座に近いとされる尊い者の証が、この前代未聞の破戒最高僧の額から何の痕跡も残さず消えた事に。

そうと知った坊主達が、どれだけ大騒ぎをするか。朝の悟空を見ただけでも、嫌という程想像がつく。

いや、悟空は単にいままであったモノが無い、という事実に単純に驚いていただけだが。

今までただ『最高僧』という三蔵の地位故に、彼の破戒振りも鬼畜振りも、全て目を瞑ってきた輩達。身分にへつらう低俗さと、最高僧を戴く寺院という己達の名誉の為に。チャクラが消えた、という事は三蔵が『三蔵法師』でなくなった、という意味なのかイマイチはっきりしないが。まあ、坊主達はそうとるだろう。

「あまりの傍若無人振りに、御仏が『三蔵法師』の地位を奪われたのだ」と。

「……ふん」

『三蔵法師』など、望んでなった訳ではない。己がその器ではない事など、師匠に後継を言い渡された時から誰よりも自分が判っていた。三蔵という地位なんぞに興味も未練もないが、師が言葉と共に唯一自分に残してくれたものと思うと師匠に対して、僅かながらも胸が痛む。

「俺は『三蔵』に相応しくねーって事か」

ンなの今更じゃねーか、と三蔵はひとりごちると手にした書類を放棄して、引き出しからマルボロの箱と愛用のライターを取り出した。肉厚の唇にそっと煙草を咥えると、慣れた手付きで火を点す。肺いっぱいに、苦い煙を吸い込むと少しだけ心が落ち着く。自分でも気づかぬうちに、動揺していたようだ。

『三蔵』でなくなった今、自分はどうするべきなのだろう。『三蔵法師』でない以上、いつまでもの寺院にいる訳にもいかないだろう。自分は客分だ。しかも最高僧だからこそ、三蔵をこの寺院も迎え入れているのだ。『三蔵法師』でなくなった自分など、彼等には何の価値も見出せないだろう。尤もそんな輩、三蔵の方から願い下げだが。

では、悟空は?

ふいに、悟空の大きな金色の瞳が脳裏に浮かぶ。あの小猿にとって『三蔵法師』などという肩書きは、何の価値もない。三蔵法師でなくても、三蔵は三蔵だ、とでも言うに違いない。自分がこの寺院を離れると言えば、きっとついてくるだろう。そう、まだ今は……。でも、これから先は……?

 

 

「さんぞ、何やってんだよ?」

昼過ぎからどこかにでかけていたらしい悟空が、零時を回ってようやく三蔵の前に姿を現した。まだ仕事をしているか、もしかしたらもう寝ているかもしれない、と、そっと三蔵の私室に入り込んだ悟空の金瞳に映ったものは、簡単な旅支度をする最愛の人の姿。しかし三蔵はそんな小猿の問いに応えようとはせず、剣呑な光を宿した紫暗の瞳を、ぎろり、と午前様のペットに向ける。

「てめぇ、こんな時間までどこほっつき歩いていたんだ。夜遊びなんて、ガキには100年早ぇんだよ!」

「夜遊びじゃねーよ! 八戒に教えてもらいに行ったんだよっ」

「ああ?」

時間も弁えず大声で反論する猿を、三蔵は胡散臭そうに見つめたが、そんな飼い主の前で悟空は自分の額を指差すと、頬をぷぅっと膨らませながら言い放った。

「消えたチャクラを元に戻す方法」

「……」

どうだいっ、と言いたげに胸を張ってみせるお猿に、三蔵はがっくりと肩を落とす。

「てめぇ、八戒に俺のチャクラが消えたと言ったのか?」

「え? ううん、言ってねえよ。ただ、簡単に消えちまうもんなのかなーって。んで、消えたら、どうすれば元に戻るのかって」猿頭になりに三蔵のチャクラが消えた事を、軽々しく口外するのはマズイと思ったのだろう。まあ。その辺りの気配りは猿にしては、上出来かもしれないが。しかし……。

「ンな馬鹿みてーな聞き方すりゃ、俺のチャクラが消えたと言ってるようなモンだろが」

「え、そうなのっ? でも、八戒なんも言わなかったよ」

それは八戒も事の重大さを理解し、わざと知らぬ振りを決め込んでくれたという事だろう。何と言っても、今現在4人しかいないであろう最高僧のチャクラが、忽然と消えたのだ。敬虔な仏教徒の多いこの長安では、かなりの大事件だ。すわ、末法の世か、と集団パニックでも起こされたら厄介な事この上ないではないか。

面倒を嫌う三蔵の不機嫌そうな顔に、悟空はきゅうん、と項垂れて上目遣いにおずおずと飼い主のご機嫌を伺いながら、更に言葉を続ける。

「それに……八戒も、消えたチャクラを元通りにする方法は、知らねーって」

「一般人の八戒が、ンな事知ってる訳ねーだろうが」

俺だって知らねーっつーのに、やっぱり猿だな。と、心の中で吐き捨てるように呟くと、三蔵はふっと心に引っ掛かりを覚えて、今日一日の労苦が報われずにいじけている猿に問う。

「てめー、俺のチャクラが消えた事が、ンなに気になんのか?」

「え? あ、俺は別に気にしねーけど。でも……」

突然の三蔵の問いに瞳を大きく見開いた悟空は、それを否定しながらも僅かに言葉を濁した。そんな悟空の様子に、少々むっとしながら三蔵が先を促す。

「あんだよ」

「なんか、さんぞ朝から元気ねーから」

やっぱ気にしてんのかな、と思ってさ。そう何げなく言う悟空に、三蔵は内心どきりとした。三蔵自身、この件に関して自分が思っている以上に動揺している事に気づくのに、随分時間がかかったというのに。

対三蔵アンテナがついているのか、三蔵の心身に関しては本人以上に敏感な猿である。自分の心の中が見透かされたように思えて、不愉快そうに整った眉を顰めてペットを睨みつける三蔵を、だがしかし悟空はさして気にも留めない。むしろ小猿の関心は小さく纏められた三蔵の旅行鞄に向けられていた。

「ンな事より、さんぞ、その荷物、何? また任務? だったら俺も行くっ」

「ちげーよ」

問いに応える三蔵の、いささか投げ遣りな物言いに、悟空が驚いて首を傾げる。

「え?」

「ここを出て行く」

「って、何で?」

「俺は最高僧の肩書きで、この寺院に寄留してんだ。『三蔵』でなくなった以上、ここにいる訳にもいかねーだろーが」

「なんでだよ! さんぞーは、さんぞーだろっ? チャクラがなくたって、ンなの関係ねーじゃん!」

きっと言うだろうと思っていた言葉を、お約束のように言ってのけた悟空に、三蔵は微かに口元を歪める。それは、苦笑に見えなくもなかったが。

「ここの坊主はそーはとらねぇだろうが」

「じゃ、これからどーすんの? もういっこの経文、探しに行くの?」

この寺院に着院する前は、三蔵はずっと亡き師の形見の経文を探して旅を続けていたと、以前聞いた事がある。またその頃のように、噂を頼りにこの広い桃源郷を旅するというのだろうか?

「……俺が『三蔵』でなくなれば、聖天経文も俺のモンではなくなる」

「じゃ、探すのやめるのか?」

悟空が大きな目を見開いて、上目遣いに問う。しかし三蔵は悟空のその問いには応えず、代わりに彼の唇から零れた言葉は悟空の予想外のものだった。

「……てめーも、どっか好きなトコに行け」

「さんぞっ?」

本当に思ってもみなかった言葉に、愛する人の名を叫ぶ悟空の声は悲鳴に近い。

「俺がここを離れる以上、てめーがひとりでここに居る訳にはいかねーからな」

「あんでだよ? 俺、三蔵と一緒に行くよ? 三蔵がここ出て行くんなら、俺も出てく。どこまでも、三蔵と一緒だよっ?」

三蔵がここに居たから、自分も居た。三蔵が旅に出るなら、自分も行く。三蔵の居るところが、自分の居場所だという事は、悟空にとっては当たり前過ぎる事なのに。

何でいきなり三蔵は、そんな事を言うのか?愛しているって言ったのに。ずっと傍にいるって言ったのに。連日連夜の愛の告白も、そしてたった一度身体を重ねた時に誓った言葉も。三蔵の心にはちっとも届いていなかったのだろうか?

やっぱり自分達は、恋人になったんじゃなくて。三蔵は、自分の事なんかどうでもよくって。このまま離れ離れになってしまっても、なんとも思わないのだ!

そう思うと何だかとても悲しくて、悔しくて。瞳の奥が、じわっと痛い程熱くなる。このまま泣き喚いて、頑なな最愛の人を思いっきり詰ってやろうと思ったが。目の前に立つ愛しい人の姿に、悟空の怒りや悲しみは急速に萎えてしまった。

「なんで、そんな不安そうな顔すんの?」

悟空の金瞳に映ったものは、今まで見た事もない程不安に苛まれている三蔵の姿。

いや、他の人間が見れば少々表情が強張っているんじゃないか、と思う程度のものかもしれないが。長年傍にいて、誰よりも三蔵の心の機微に敏感な小猿の目には、まるで親を見失った幼子のように見えてしまう。

「さんぞーが『三蔵』じゃなくなっても、カンケーねえよ? 俺、さんぞーの事愛してる。それともチャクラがねーと、そんなに不安なのか? でも俺は、ずっと傍にいるから。さんぞーを守るから」

おずおずと悟空が、慰めるかのように手を差し伸べて、そっと三蔵の白い頬に触れる。

「誰が、不安だって?」

ペットの手前虚勢を張ってはみるものの、三蔵の声は情けない程震えている。

「だって……」

悟空はそれ以上は言葉にせず、伸ばした腕をそのまま三蔵の背中に回し、華奢な身体をそっと抱き締める。その時三蔵は初めて、声同様、己の身体も小刻みに震えている事に気がついた。

悟空は黙ったまま、三蔵の痩躯を優しく抱き締め、金色の柔らかい髪をそっと撫でる。悟空のぬくもりに身体は素直に安堵したのか、やがて震えは治まり三蔵も、ほっと身体の力を抜く。

憎たらしい程、悟空の体温は優しくて自分の心にも身体にも染み渡る。そんな事実に腹立たしさを覚えながら、もっとムカツクのはそのぬくもりを欲しがっている自分自身の心だ。

不安なのはチャクラがない事なんかじゃない。『三蔵』の名を師匠から受け継いだ、という事と仇を取り経文を取り返す、という事だけが今までの三蔵の支えだった。そして師と同じ名で呼ばれる事で、弱い己を律してきた。あの方の名に恥ずかしくないよう、強くあらねばいけないと。

『三蔵』の名は、三蔵自身が思っている以上に、彼の心の拠り所だったのかもしれない。そう、そんな弱い自分を自覚していたから、あの日以来ずっと悟空を拒んできた。

ガキだ、ガキだと思っていたのに、いつの間にか一人前の男の目で自分を見るようになった悟空。煩くいつも付き纏い、「あいしている」とたどたどしい愛の言葉を、一つ覚えのように繰り返した小猿。その真っ直ぐな愛情は、知らぬ間に三蔵の心の中に入り込み、いつしか悟空の存在を求めている自分の心に気がついた。

でも、あの夜の出来事は、魔がさしたんだ。決して受け入れるまいと、そう思っていたのに。この馬鹿の限度を知らない猪突猛進、当たって砕けろ精神のラブコールに、つい流されてしまった。

流されて、ほだされて。だけど2度目はないと、そうあの日から自分に言い聞かせていた。

自分が拾って育てた小猿。いつかは、広い世界に飛び立っていく小猿。一度受け入れたら、手放せなくなるから。悟空の優しさに、愛情に流されてしまったら。悟空のぬくもりを受け入れたら、絶対にそれを手放せなくなるから。だから、もうこれ以上深入りしてはダメだと。

普遍のものなど、ないのだから。生涯消えぬものと思われていた額の刻印も、こうも簡単に消えてしまうのだ。絶対、などという言葉は存在しない。悟空が生涯自分の傍にいる、という保障など、どこにもないのだ。

「だから、もう金輪際俺に触れるんじゃねえ」

「さんぞ、言ってる意味が、わかんねーよ?」

だけど悟空は決して急かさず、まるで幼い子をあやすかのように抱き締めた背中を軽く叩きながら、辛抱強く愛する人をなだめてやる。

(チャクラがなくなって、びっくりして、混乱してんのかもしんねーもんな)

だからパニックを起こして、こんな子供みたいに愚図っているのかもしれない。さっき「ドコにでも行きやがれ」と言ったのも、きっとイライラしてたからに違いない。だって今こうして抱き締めているのに、三蔵は抵抗もせずおとなしく腕の中に収まっているもの。

そう思って悟空はゆっくりと手を上げて、そのさらさらとした金糸の髪を優しく梳いてやる。

「てめーの甘い言葉になんか、流されるような俺じゃねえ」

そう、自分はひとりで生きていかなくては、いけないのだから。悟空が傍にいる事に慣れてはいけない。流されて、受け入れてはいけないのだ。

「いいじゃん、こんな時くらい流されて、俺に任せてよ」

そんな愛する人の想いも知らず、生意気な口をききながら、三蔵の白い頬に、口の端に、小さなキスを幾つも幾つも落とす悟空に、三蔵は僅かに身動ぎして抵抗を示す。

今は少し動揺しているだけだ。だから、この手を、ぬくもりを受け入れてはいけない。

「そんなに落ちぶれちゃいねーよ」

可愛くない事を言いながらも、三蔵の声は微かに震えている。

「さんぞ、愛してるから」

だから、傍にいる。傍にいさせて、と悟空は耳元で優しく囁く。

「ダメだ、ごくう」

三蔵が泣きそうな声で拒もうとしているのは、そっと自分の首筋に触れる悟空の指先なのか。それとも、小猿のぬくもりと優しさに安堵感を覚えている、自分自身の心なのか。

「信じらんねーよ」

てめぇが言う事なんか、みんな。俺を愛してるって言葉も、ずっと傍にいるなんて誓いも。いつか泡沫のように、消えてしまうかもしれないのだから。変らぬものなど、この世には何ひとつないのだから。

「信じなんねーんなら、俺、一生かけてさんぞーに判ってもらう。一生傍にいて一生さんぞーを愛していれば、さんぞーだって、納得してくれるだろ?」

「……てめーの陳腐な誓いの真偽を、俺に一生かけて見極めろってか?」

「いいじゃん」

そう言いきって首を傾げて顔を覗き込んでくる、小猿のお日様のような笑顔に、三蔵の顔が小さく歪んだ。

「……この馬鹿猿」

 

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