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すれちがい(同人誌「SWEET LOVE」掲載)
 
事の起こりは河童の余計な一言。
「だいたいさ、おサルちゃんは女っ気のない寺で、三蔵サマばっか見て育ったんしょ?だから、三蔵サマしか目に入らないんだよね~」
たとえ悟空が百億の美女に囲まれたハーレム状態であったとしても。それでも三蔵サマ一筋のこの小猿は、金髪美人の自分の保護者を選ぶだろう。それを分かっていながら、退屈しのぎに悟浄はわざと悟空にちょっかいを出す。
「そんな事ねーよっ! 誰よりもさんぞーが一番なんだよっ」
悟空はぶわっと見えない毛を逆なでて、悟浄にくってかかる。
「どうだかねぇ、お前の世界は狭えからなぁ。外の世界を知ったらわっかんねーぞ」
「そんな事ねーって言ってんだろ、このエロ河童!!」
「だったら一度オンナを相手にしてみたらどうだ? 三蔵サマしか知らないで『さんぞーが一番』なんて、『井の中の蛙』もいいところだぜ」
「うるせー!! 俺は蛙じゃねえ!!」
そんな2人の馬鹿騒ぎを、三蔵は我関せずと言った感じで無視して新聞の活字を追っている。煩い事この上ないが、ヘタに口を出せば悟浄はこっちにまでからかいの言葉を遣すだろう。その方がよほど鬱陶しい。ましてや、河童は自分と悟空の関係を知っていて、わざとあんな事を言っているのだ。
馬鹿猿と違って、自分はこんなくだらねえ挑発にはのらねえ。
そうやって平静を保とうとする三蔵の心を逆なでる言葉を、次から次へと悟浄は口にする。
「猿もオンナを知れば、世界が広がるって」
「三蔵だって手塩にかけて育てた猿が一人前の男になるのを、反対はしねえよなぁ」
「まっさか三蔵サマともあろうモンが、独占欲なんてモンでオンナに嫉妬する訳ねえしな」
・・・ぴきっ。
普段なら相手にもしない悟浄の挑発に、まんまと嵌った三蔵。くるりと小猿に振り向くと、額に青筋を立てて言い放った。「娼館でもどこでも、いますぐ行ってきやがれ―――っっ!!」
「さんぞっ!?」
「うるせーーっ! とっととオンナんとこにでも行きやがれぇーーっっ!!」
乱射される銃に追われるようにして、宿を追い出された悟空と悟浄。
「ま、三蔵サマがああ仰るんだから。とりあえず行きましょーか?」
どこへ、などとは言わない。聞かない。
「なんでだよぉぉ、さんぞぉぉぉ」悟空の世にも情けない声が、夕闇迫る静かな待ちにこだました・・・。
 
 
あの日以来、三蔵が悟空を近寄らせなくなった。野宿の日は勿論、宿で2人部屋の時でさえ擦り寄る悟空にハリセンを食らわせ、それでも懲りずに触れようとすると容赦ない蹴りが悟空を見舞う。
「なんでだよぉ」
と始めは恨めしげな瞳で飼い主を見上げていた悟空だったが、やがて諦めたのか添い寝さえもねだらなくなり、三蔵に触れてくる事もなくなった。
 
ふぁっと香る甘ったるい匂い。
夕食後、悟浄の誘いで酒場に行っていた悟空の身体から、酒や煙草の匂いと共に明らかに女物と分かる香水の香りがする。三蔵はあからさまにイヤそうな顔をして、悟空に背を向け、何で今日は猿と2人部屋なんだと心の中で悪態をつく。そうだ、あの日も悟空はこんな匂いを身に纏って帰ってきた。
あの夜、悟空と悟浄を宿から追い出すとさっさと早過ぎる夕食を取って、物言いたげな八戒の視線を無視して不貞寝を決め込む。いや、三蔵自身は不貞寝だと認めてもいないが。
悟空が宿に戻ったのは午前零時を回った頃か。四人部屋なのに悟浄がいないところをみると、エロ河童はお泊りなのかもしれない。
「さんぞー?」
そおっと飼い主の顔を覗き込んで、声を掛けてくる小猿。その時気づいた。悟空の身体に染み付いた女の匂い。その瞬間、三蔵はたまらない程の嫌悪感に襲われた。――何に対してなのかは分からなかったが――。
もう悟空の顔を見るのさえイヤでたまらない。今すぐ、もう一度部屋から叩き出したい心境だ。湧き上がる怒りをぐっと飲み込んで、三蔵は悟空の呼びかけを無視した。
 
結局三蔵は、その夜一睡もできなかった。そういえば。悟空が自分に触れてこなくなって、どの位たったのだろう。
たしかにあの後も悟空の顔を見る度に無性に腹が立ち、無神経に求めてくる小猿を容赦なく拒んだ。
しかし普段ならどんなに三蔵に拒まれようと、上目使いに甘えてみたり、少し強引に押し切ってみたり、果ては三蔵に縋りつくようにしたりと、あらん限りの知恵を絞って最愛の飼い主のご機嫌を取って自分を受け入れてもらおうとするこの猿が。今回に限って、始めの2、3回はいつも通りしつこく付き纏ってきたが、そのうち一度アプローチして拒まれるとふうっとため息をついてそれ以上言い寄らない。最近はそれさえなくなっている。そして似合わぬ酒場に足を向ける回数が多くなり、今日のように甘い匂いをさせて帰る事も一度や二度ではなくなった。
(そうかよ。わざわざ俺が相手をしてやらなくても、女がいればそれで用済みって訳かっ!)
(ざけんじゃねぞ、この馬鹿猿! これじゃ、ばかっぱのいう通りじゃねえかっ。所詮てめえは男所帯で女に縁がなかったから、傍にいた俺を選んだだけじゃねーかっ! このヤロー、俺を何だと思ってやがるんだーーっっ!!)
「さんぞー、どうしたの? 具合悪いのか?」
凄まじい程の形相の三蔵に体調不良かと、そっと悟空が近寄って額に触れようとする。
「触るんじゃねえっ!」
三蔵は、反射的にばしっと小猿の手を振り払った。
「・・・さんぞ・・・」
叩かれた手の甲をそのままに呆然と三蔵を見詰める悟空の瞳から、ぽろりと涙が一粒零れ落ちた。
「なんでだよ・・・。さんぞー、そんなに俺の事嫌いかよ」
「・・・なに?」
悟空はそのままぽろぽろと涙を零すと、いきなり三蔵の腕を掴んでベッドに三蔵の身体を突き飛ばした。安物のベッドは三蔵の身体を受け止めて、耳障りな軋みを上げる。
「ざけんな、この猿っ!」
きつい紫暗の瞳が悟空を睨みつけるが、それにも小猿は動じない。
「なんで、そんなに俺の事拒むんだよっ! 俺さんぞーがイヤがるからずっと我慢してきたのに。どーして、心配して触る事も許してくれないんだよ!! さんぞーが嫌がる事したくねえから、さんぞーに触れたいのずっと我慢してたのに・・・。でも、もう限界だよっ!」
「何が我慢してただ。俺じゃなくても、てめえは誰でもいいんだろーが! そんな奴の相手をするほど、俺は自分を安売りしちゃいねーんだよ」
「誰が、誰でもいいってゆーんだよ! 俺はさんぞー以外欲しくないのにっ!」
「お前は女で充分間に合っているんだろがっ!」
「女なんかしらねーよっっ!!」
・・・・・・。激昂していた2人は、思わず顔を見合わせる。何か話が微妙に食い違ってはいないか?
「あ、あのさ、さんぞー」
「ああ」
「俺は、さんぞーの事愛してるよ?」
「信じらんねぇ」
「どーして?」
「・・・」
「どーして?」
「女を相手にしてきて、それでてめえは満足だったんだろーが」
「俺、女なんか抱いてねーよ」
「嘘つけ」
「嘘じゃねえよっ! そりゃ、確かにエロ河童に引っ張ってかれて娼館に行くには、行ったけど・・・」
 
悟空のお相手は、豊かな胸がご自慢の三十路のおネエ様。
「まあ、可愛い坊やねぇ」
と、その豊満な胸にむぎゅうっと抱きしめられた時は、真剣に窒息するかと思った。
けれど、彼女を前に何も感じない。確かに悟空の倍近く年上の女性だけど、そうは見えない程、若々しくて、笑顔がとてもチャーミングで、朗らかで、魅力的だと思う。でも、ただ、それだけ。いつも三蔵を前にして感じるドキドキや、湧き上がってくる欲望も征服感も、そして、大切に守ってあげたいと願う気持ちも。何も感じる事はない。
「普通男って恋愛と身体の欲求っていうのは、別ものなんだけどね」
素直に悟空が自分の気持ちを伝えると、彼女は苦笑しながらそれでも優しく言ってくれた。
「でも俺、さんぞー以外欲しいと思わねえもん」
三蔵だから欲しい。三蔵だから抱きたい。
「男とか、女とか、カンケーないんだけどなぁ」
「あんた、余程その人が好きなんだねえ」
「うんっ!」
じゃ、無理してあたしを抱く事もないよ。そう言って彼女は満面の笑顔で肯定する悟空の頬に軽くキスをする。
「でもまあ、あんまり無理はするんじゃないよ。あんた達旅の途中だろ? 結構負担になるっていうからね、男同士の行為は。特に受け身にとってはね。」
彼女の言葉に、悟空ははっとした。確かに自分を受け入れてくれた後、三蔵の身体はいつも辛そうだ。ゴメンな、と心の中で謝りはするものの、三蔵を求める自分の気持ちについ素直になってしまい、貪り尽くしてしまう。三蔵も何だかんだと文句を言いながらも、結局は自分を受け入れてくれるから。
まで深く考えた事はなかったけれど。もしかして、俺ってすげー自分勝手?
他人に言われて初めて我が身を振り返ってみる。体力自慢の自分と違い、三蔵は人間だ。当然、同じ事をしたって感じる疲労度だって全然違うのだろう。長期の旅自体がすでに三蔵を疲れさせているだろうに。
(その上俺がさんぞーを抱くから、もっと身体辛くなるって事?)
もしや、今まで形ばかりの抵抗だと思っていたそれも、本当に身体が辛くて悟空との行為を嫌がっていたのでは・・・?
悟空の背中につーっと冷たいものが流れる。
(あ、愛は身体の繋がりだけじゃ、ねーよな・・・)
本音はいつでも三蔵に触れていたいけど、どんな時でも三蔵のぬくもりを感じていたいけど。でも・・・。
自分の欲望と愛する三蔵の身を量りにかけて。
(さんぞーの身体が優先だもんな)
こうして悟空は、三蔵が快く許してくれない限りは三蔵に触れるまい、と健気にも決意したのだった。
 
 
(じゃあ、なにか? 俺は悟空が女を抱いてそれに満足したから、俺に手を出してこないと。そう誤解していたのか?)
その上、悟空の身体から女の匂いがした事に腹を立て、嫌悪感も露わに悟空を拒絶していたなんて。
(それじゃ、俺が猿に対して焼きもち焼いているみたいじゃねえか!!)
実際そうなのだが、それを認められないのが三蔵なのだ。
「でもさ、一ヶ月もさんぞーに触れられないなんて、俺マジ気が狂いそうだったんだよ? 暴走して知らない内に三蔵襲っちゃったら困るし。さんぞーが傍にいると思ったら眠れないし。だから寝酒代わりに酒場で酒、呑んできたんだよ。」
三蔵に馬乗りになったまま、ぱたぱたと涙を三蔵の顔に落としながら悟空が訴える。
そうか、最近酒場に出入りしていたのは、そんな理由があったのか。
まさか悟空は自分の酒場通いが、悟浄と同じくナンパ目的だと三蔵に思われていたとは、想像だにしていない。
「それなのに、さんぞー、そんなに俺が嫌いか? 俺がふつーに触るのもイヤなくらい、俺の事嫌いになったのか?」
相変わらず顔をぐちゃぐちゃにして泣く悟空に、三蔵は何と言えばいのか分からない。嫌いな訳じゃない。むしろその逆だから、悟空の身体に染み付いた女の匂いに腹が立ったのだ。・・・そんな事、口が裂けても言えないが。
「みっともねえから、ぐずぐず泣くんじゃねぇよ」
「だって・・・さんぞーが俺の事嫌いになったら、俺どうすればいいんだよ・・・」
「・・・誰も嫌いだなんて、言ってねえだろう」
ぼそっと三蔵の口から零れた低い呟きを耳に留めた悟空が、ぱっと表情を明るくする。
「え? じゃあ、俺の事好き? 愛してる?」
大きな金色の瞳を見開いて、三蔵を食い入るように見つめる。普段なら「なにくだらねえ事、言ってやがる!」とハリセンで一撃して黙らせるのだが、何故か今日はそれができない。三蔵はそっと手を上げると悟空の眦を濡らす涙を、指で拭う。いつも人よりも体温の高い悟空の身体が、久しぶりに三蔵に触れて更に熱くなる。
「・・・さんぞー、俺、さんぞーが欲しいよ。もう我慢できねえ。・・・ダメ?」
濡れた瞳で見下ろしてくる悟空の視線を、三蔵の紫暗の瞳が受け止める。
「ダメだったら止めるのか?」
「・・・うん」
一瞬の間をおいて、それでも悟空がこくりと頷く。
「さんぞーが嫌がる事、したくねえもん」
きっぱりと言い切る小猿に、三蔵は口元に微かな苦笑を浮かべる。
「・・・馬鹿猿」
どこまで三蔵を中心に回っているのだろう、この馬鹿猿は。自分の欲望に忠実に、三蔵を捻じ伏せる事くらい造作もない事なのに。最愛の飼い主の為になら、一生でもお預けを辛抱する気でいたのか。
三蔵は悟空の首に手を回すと小猿の顔を自分の方に引き寄せる。
「・・・こいよ」
めったにない三蔵からの誘い文句に、悟空はぽかんとまぬけ面で至近距離の三蔵の顔を見つめる。いつもだったら「勝手にしろ」とか、「仕方ねえな」がせいぜいなのに。そんな悟空の様子がおかしいのか、三蔵は薄い笑みをもう一度口元に浮かべると悟空の首を更にぐいっと引き寄せると、互いの息が触れ合う距離で言った。
「ただし、今度俺に触れた時に女の匂いさせてたら、ぶっ殺す」
言葉の意味が掴めず、呆けた顔で何度もその言葉を頭の中で反芻していた悟空は、やがて三蔵が自分に対して嫉妬心と独占欲を僅かであっても示してくれたのだと気づいて、これ以上ないくらいの満面の笑みで顔をくしゃくしゃにする。
「うん、女の匂いなんか知らねーよ。さんぞーの匂いが一番だもん!!」
一ヶ月振りに自分の腕の中に閉じ込めた愛しい人。さんぞーが一番好き、さんぞーだけが欲しい。
そんな想いを、三蔵に触れる指先に、唇に、込める。自分が触れる全てから、三蔵への愛情が一欠片も残す事なく伝わるようにと心の中で何度も願いながら。悟空は最愛の人の身体に溺れていった。
 
おわり

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