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桜 花 (闇桜 続き)
深い闇の中を、はらはらと白く雪のような桜が舞っていく。
自身を三蔵の身の内に収めたまま、悟空はそっと上半身を起こして自分の腕の中に閉じ込めた、愛する人の顔をじっと見つめた。
いつもはきつい光を放つ紫色の瞳は半分瞼で覆われて、長い睫が月の光で陰を落とす。
紅潮した頬に落ちた小さな白い花びらを、そっと指で取ってやり、そのまま汗で額に貼り付く夜目にも鮮やかな黄金の髪をかきあげて、そこに現れた真紅の印に触れるだけの口付けを落とした。
「・・・ご、くう」
掠れた声で、名を呼ばれた。半分意識を飛ばして焦点の定まらない三蔵は、紫暗の瞳を宙に漂わせながら呟くように悟空を呼ぶ。
「なに、三蔵?」
「・・・ごくう」
「ここに、いるよ。三蔵」
「ごくう・・・」
ぬくもりだけでは、安心できないのか。何度も何度も、自分の名を呼ぶ三蔵に、悟空は辛抱強く応えてやる。
月光の下で、三蔵の肌は白磁のように輝いていた。ふと気がつくと、汗が冷えて三蔵の細い肩が冷えて震えている。このままでは、風邪をひかせてしまう。
脱ぎ散らかした法衣で三蔵の身体を包むと、悟空はそっと三蔵から身を引こうとするが、三蔵はむずかるように悟空の腕を掴んで胸の中に顔を埋めようとする。
その三蔵らしからぬ子供のような仕草に、悟空はぎゅっと胸を締め付けられた。
三蔵が自分を頼って、その全てを預けてくれたらとても嬉しいけれど。今こうして、自分に縋ってくれるのは、心が血を流して寒いからなのだ。
まだ自分が頼りないからなのか、三蔵は本当に心が弱っている時しか悟空に寄りかかってはくれない。でも・・・。
(甘えてくれるのは、すっげー嬉しいけど。でも、三蔵が傷ついてんのは、嫌だ)
いつも、三蔵には安らかでいて欲しいのだから。だから弱っている時だけではなく、どんな時でも三蔵が必要としてくれるだけの、大きな男になりたい。
三蔵の『強さ』も『弱さ』も全て包み込める程の。そしてそれを三蔵も認めてくれる位の大きな男に。
今の自分では、あまりにも力不足だから。
悟空はきゅっと唇を噛むと、それでも三蔵に穏やかな笑顔を向けて、柔らかい金糸を優しく梳いてやりながら、辛抱強く説く。
「さんぞ、このままじゃ風邪ひいちゃうから、戻ろ?」
だが、三蔵は無言で小さく首を横に振るだけで、一層悟空にしがみついて離れようとしない。悟空は駄々をこねるような三蔵に、困ったような笑みを浮かべると、更に深く三蔵の身体を抱き込んで自分の人よりも高い体温を分け与えた。「じゃ、もう少しだけだよ。さんぞ?」
今はこれしか、出来ないから。これだけしか、三蔵にあげるものがないから。
しかし三蔵は素肌の優しさとその温かさに安心したのか、そっと耳を悟空の左胸に押し当てると、そのままゆっくりと眠りに落ちていった。
「お前だけは・・・離れるな」
小さく動いた口元から零れた言葉は、そのまま風に散らされて悟空の耳には届かなかったけれど。
それでも悟空は降りしきる白い花びらの中、愛する人の耳元で
「さんぞ、愛してるよ。ずっと傍にいるからね。ずっと、ずっと三蔵と一緒だからね?」
と囁き続けていた。
おわり
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