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Tacht!(同人誌「君の為にできる事」掲載)

 

 

「ったく何だって奴らは、こんな不便なとこに住んでいやがるんだ」

何度かペットの猿にせがまれて足を運んだ事のある、町外れの一軒家目指して、三蔵は一人てくてくと歩いていた。初めてここを訪れたのはもう二年程前か。

あの時はたしかに、犯罪者が好んで逃げ込むような場所だと思いはしたが。好むと好まざるとに関わらず交友関係を持つハメになった今。こんな辺鄙な場所に住まれるのは、非常に迷惑だ。

何で自分がこんなところにまで来なければならないのか。面倒な事は極力避けて通りたいこの自分が! そう思うと、むらむらと怒りが込み上げてくる。

「それというのも、あの馬鹿が1人で留守番も出来ねえからじゃねーかっ!!」

十七歳にもなってろくに留守番も出来ない自分の馬鹿猿。三蔵が仕事で寺院を留守にすると言うと、決まって「連れてけ」コールを派手に繰り広げ、煩い事この上ない。

単に甘ったれなだけの気もするが、三蔵が不在となると、途端に異端の存在である悟空にあからさまな嫌がらせをしてくる馬鹿共が寺院には大勢いる事も事実だ。そんな輩に負ける悟空ではないし、また「俺の留守中、ぜってー騒ぎを起こすんじゃねーぞ」という三蔵の厳命によって、それでも辛抱している悟空だが。中傷の矛先が三蔵に向けられると、黙ってはいられない。

三蔵の破戒僧振りに「所詮は、あの容姿で先代に取り入ったにすぎないお方だからな」と、マヌケにも悟空の耳に入るところで三蔵を嘲笑した若い僧が、怒り狂った小猿にぼこぼこにのされたのもつい最近の事。自分の事は気にもしないが、亡き敬愛する師までも侮辱した事は三蔵にとっては許しがたい罪で、その件に関しては、のされた馬鹿者に同情の余地もないが。それでも自分の不在中に、度々そんな騒ぎがあったのでは、たまったものではない。それになんだかんだと言って、結局は悟空に甘い三蔵が、結局は甘え擦り寄る小猿に根負けして同行を許す事になるのだが。

今回にように、妖怪である悟空の同行を認める事の出来ない任務もある。そうした時は、悟空は悟浄や八戒のもとに預けられるのが、このところの習慣となってきたのだ。ここなら温かく迎えてくれる人達に囲まれて、悟空も三蔵のいない寂しさを、少しは慰められるから・・・。

 

勝手知ったる他人の家。一度呼び鈴を押しても返答のない事に、ちっと小さく舌打ちした三蔵は、そのまま鍵のかけられていない無用心な家にずかずかと上がりこんで行った。

元の家主の悟浄は元より、今となってはこの家の主となっている八戒の姿が見えない。

買い物にでも出かけたのか?いや、この時間に三蔵がペットを引き取りに来る事は知っている筈だ。

(だいたい、俺に猿を迎えにこいと言ったのは、八戒じゃねえかっ。めんどくせぇ。何が『どうせ、寺院への帰り道なんですから。悟空も三蔵と一緒に帰る方が嬉しいでしょうしね』だっ!)

なんで猿を喜ばせるために、わざわざ俺が迎えに来なけりゃいけねーんだ! 足があるんだから、1人で帰らせろ。帰り道だと、冗談じゃねえ。こんな横道に逸れまくって、これでも『帰り道』なんて、言えっかよ!?

腹立たしさに、心の中でこの家の住人と世話の焼ける自分のペットに悪態の限りをつきながら、三蔵はこの家に泊まる時にいつも自分のペットが使っている客室へと足を向ける。この時間なら、昼食をたらふく食べてご機嫌の悟空のお昼寝タイムかもしれない。

よく食べ、よく寝て、よく遊んで・・・。

ったくガキそのものだな。そのクセ、三蔵を見つめる眼差しだけはしっかりと雄なのだ。普段はガキ丸出しの小猿が、三蔵をその腕に抱きしめ、翻弄する時は一端の『男』の顔になる。そして口ではなんだかんだと言いながら、そんな悟空を拒みきれない自分がいる。猿にいいようにされて、それでも全てを受け入れている自分。自覚しているだけに、ムカついて仕方が無い。

「・・・おもしろくねえ」

ぼそりと呟くと、三蔵は猿がベッドの上でマヌケ面をさらし、大の字で寝ている姿を思い浮かべながら、がちゃりと客室のノブを回した。

しかし次の瞬間三蔵の瞳に映ったものは、ひとつのベッドの上でぴったりと寄り添うようにして眠る、悟空と八戒の姿だった。いつも三蔵を抱きしめる腕は

―――八戒を何者からかも守るかのように優しく包み込んでいた。

―――三蔵には、そう見えたのだった。

 

 

「さんぞー。なあ、さんぞー」

悟空は半べそをかきながら三蔵に付き纏うが、彼の愛する飼い主はそんな小猿を一瞥だにしない。

あの後三蔵の気配にがばっと起きた悟空の視界に入ったのは、これ以上ない程冷ややかな眼差しで自分を見つめる三蔵の姿。その三蔵の視線を辿って、やっと腕の中のぬくもりが誰のものなのかに気づいた悟空は、慌てて八戒の身体から抱きしめた腕を離すが、時すでに遅し。三蔵は一言も発しないでくるりと背を向けると、さっさと悟空を置いて部屋を出て行った。

さっと血の気の引いた悟空が急いで後を追うが、三蔵は寺院に着くまでの間一言も口をきいてはくれないし、悟空の存在を自分の中から抹殺しまったんじゃないか、と思う程完全に悟空を無視しまくっていた。こんなに冷たく拒絶される位なら、ハリセンでぼこぼこに叩かれた方が、ずっとマシというものだ。

「浮気なんかじゃ、ねえよぉ。俺が浮気なんか、する筈ねーじゃんか」

ふにゃぁと、情けない顔をして三蔵を見上げる小猿。そのあまりのアホ面に、紫暗の瞳を細く歪めた三蔵が、やっと悟空にかけた言葉は。

「てめーが浮気しようが、なにしようが、俺には関係ねぇ」

それって、さんぞー、俺の事愛してないって事ぉ?、あんまりな飼い主の言葉に悟空は涙で顔をぐちゃぐちゃにして、三蔵の法衣の袖をしっかと掴んで引っ付く。その姿は、置いて行かれる事を恐れる幼な子そのもので、傍から見れば実に哀れを誘う姿だ。

「さんぞぉぉぉ」

しかし、黄金の髪の最高僧はそんな悟空の心を動かされた様子もなく、実に情け容赦無くペットの手をぱしっと叩いて拒絶する。

「触んじゃねーよ」

この手が八戒を抱きしめていたかと思うと、腸が煮えくり返る思いがする。

確かに、表面上は自分よりも格段人当たりの良い八戒だ。悟空に対しても格別大甘で、悟空も彼を慕っているのは判っている。その気持ちは、自分に対するものとは、違うというのも判っているつもりではいたけれど。

(ちくしょう! 八戒に餌付けされやがって! 誰彼なく、触ってんじゃねーよ、このエロ猿!所詮てめーは、食いモンくれる奴になら、誰にでもいい顔すんだろーが!!)

込みあげてくるどす黒い感情に、三蔵の機嫌はこれ以上ないくらいに急降下していく。美しい端正な顔を凄まじいばかりに歪ませて、怒りのオーラをこれでもかっ、というほど立ち昇らせる三蔵の姿は、さながら不動明王のようだ。

「・・・だってエロ河童が・・・」

愛しい三蔵に手を叩かれ拒絶されたショックで、えぐえぐと泣きじゃくる小猿の口からぽろっと零れた名前を、三蔵が耳聡くキャッチする。

「河童?」

三蔵の瞳が、更に細く歪められる。この男の名が出てくると、ロクな事がないというのは、経験上、嫌という程知っているのだ。

「最近家に戻んねえんだって。俺がいた一週間のうち、俺が顔見たのも一回くらいだったよ。ンで酒と女の人の匂いさせてた」

「・・・浮気か」

ベタな展開に、三蔵は呆れて吐き出すように言った。

自他共に認める女好きの悟浄がどうした事か、人生の伴侶には『男』の八戒を選んだ。愛があれば性別なんて、といったトコロなのだろうが、この悪癖だけは『最愛の恋人』を得ても治らなかったらしい。恋人との関係と遊びとは、また別物と割り切っているのかもしれない。

馬鹿は死んでも治らねーっつうしな。と、三蔵は心の中で悪態をつく。河童の女好きも死んでも治らないのだろう。

「で、八戒荒れてて、前の晩ずーっと俺の部屋で酒呑んでて」

なんとなく、展開が見えてきた気がする。

「お前も付き合ったのか?」

「あんなの飲めねーよ」

「あ?」

三蔵がなんとか話を聞いてくれそうな気配に小猿は喜々として説明し始めるが、その時の様子を思い出したのだろうか、困ったように眉を顰める。

「ウォッカってゆーの? すっげーピッチで飲んでた。俺初めて見たもん、八戒が酔ったの」

たしかに、ウォッカがぶ飲みなら、あの八戒といえども酔うだろう。・・・というか、それ以前に普通なら急性アルコール中毒であの世行きだろう。あいつはザルというより、底が抜けているんじゃねーのか?

「ンでそのうちに泣きながらしがみ付いてきて、すっげー力で離せなくてさ」

「で、一晩添い寝してやったって訳か」

話の大筋は判ったし、不可抗力で悟空には責任がない事も頭の中では納得できたが。しかし、それでも先ほど目の当たりにした光景を思い浮かべると、自然と三蔵の目つきと口調が鋭いものになるのは、仕方ない事なのかもしれない。

「う・・・、だってあんな八戒放っておけねえじゃん!!」

「・・・」

「八戒は友達だもん。見捨てるなんて、できねえじゃん!」

そう、悟空ならそうだろう。基本的に悟空は誰に対しても優しい。自分と違って健やかな愛情の持ち主である。そして、そんな悟空だからこそ、惹かれているのも事実なのだが・・・。

「それにさ、なんかあんな風に泣く八戒見ているうちに、もし、三蔵もこんな風になったら、って思ったら余計放っていけなくなってさ」

顔を真っ赤にして、どこか夢見るように金瞳を宙に彷徨わせる悟空を、三蔵は薄気味悪そうに見つめる。

「・・・なんで、俺が泣くんだよ」

「・・・っ。ちょっと想像してみただけだよ!」

桃源郷が滅んでも、ありえないだろうけど。でも、三蔵が自分を思って、こんな風に泣いたりしたら・・・、なんて思ったら。それだけで、余計に八戒を突き放せなくなってしまった。

 

「さんぞ・・・」

そっと、三蔵に警戒心を与えないよう背後から、彼の細い腰を抱きしめる。

「てめっ・・・」

「俺は、さんぞーのモンだよ?」

三蔵の耳元に、悟空がそっと呟く。

「・・・」

「俺は、いつだってさんぞーだけのモンだよ。さんぞーだけを愛してる」

この腕も、胸も、身体も、魂も。

「全部、さんぞーだけのモンだよ」

「・・・知ってる。ンな事」

 

どんどん我が侭になっていく自分がいる。こうやって悟空が自分を甘やかすから。

八戒達は、自分が猿に甘いというが、実際には「甘やかし体質」なのは悟空の方だと思う。まあ、それも対三蔵に限るのだろうが。

だからそれに慣れて、いつも間にか悟空の全ては自分の物だと思ってしまい、少しでも他人にそれを与えられるのが、腹立たしく思えてしまう。コイツの全ては、自分だけのモノだから。コイツの惜しみない愛情は、自分にだけ向けられていれば、いいのだから、と。

何ものにもとらわれず、関心を示さずにいた自分がこんな独占欲を持っていたなんて。他人など、どうでもいい。近寄ってくればウザイだけ。なのに、どうして、悟空だけは・・・。

「ムカツク」

「え?」

いきなり自分の腕の中で、吐き捨てるように呟いた三蔵の顔を、悟空はきょとんと目を見開いて覗き込む。そんな小猿の幼げな素振りに、自分が悶々としている時にこのバカはなんてマヌケた面をしてんだよっ、と更に理不尽な怒りが三蔵の中に込み上げてきて、仕返しとばかりに、悟空の上に爆弾を落としてやる。

「とーぶん俺に触んな。俺がいいって言うまで、半径1メートル以内に近寄んじゃねえ」

「ええっ! そんなぁぁぁ」

悟空の泣きの入った、世にも哀れな声が、部屋中に響き渡る。

だから、浮気じゃねーって言ってんのに。あの時は、あーするより他に、方法がみつかんなかったんだよぉ、と、涙ながらに切々と訴える自分の猿の腕を、三蔵は鬱陶しげに払いのける。

「他の奴触った手で、俺に触んじゃねーよ」

「だから、あれは、そーゆー意味じゃ・・・って、さんぞーもしかして、焼きもち妬いてくれてんのっ!?」

つい先ほどまで、みっとも無い程顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた猿は、どこへ行ったのか。喜々とした表情で自分の顔を覗き込んでくる悟空の一言に、図星を指されて三蔵の頬がぼんっと赤くなる。

「ざけんなよ、馬鹿猿っ! なんで俺がてめーなんか・・・」

そう、なんで俺がこんな猿の事で焼きもちを妬かなくちゃ、いけねーんだ! それじゃ、まるで俺がこの猿に惚れているみてーじゃないかっ!

事実そうなのだが、三蔵自身それを認めるのはまだ躊躇いがあるし、それを悟空に指摘されるのはもっとイヤだ。そんなのは、自分のプライドが許さない。

なんで、この猿は余計な事をぬかすんだ、と八つ当たり気味に眦を吊り上げた三蔵が、振り向きざまに、べしっ、ばしっと悟空の頭上にハリセンを投下する。しかし、羞恥で頬を赤らめた三蔵にいつもの迫力があろう筈がない。それどころか、今の悟空にはそんな三蔵の姿も単なる照れ隠しとしか映らずに、愛しさが増すばかりである。

なんと言っても、あの三蔵が『焼きもち』を妬いてくれたのだ! 自分が三蔵以外の人間に触れる事を―――それが性的接触ではないにしても―――これほどまでに、嫌がってくれたのだ! これは、自分が三蔵に愛されている証拠ではないかっ? そう思うだけで、悟空は天に舞い上がってしまいそうになり、これ以上無い程に相好を崩して、三蔵の華奢な身体をぎゅうっと、ハリセンごと抱きしめる。

「さんぞっ、可愛いっ! 大好きっっ!」

「誰が、可愛いだっ! おい、猿っ、人の話を聞・・・、ん・・・」

慌てて悟空の腕から逃れようとする三蔵の罵声は、悟空の唇で呆気なく塞がれてしまう。

触るんじゃねぇと言っているのに、慣れた手付きで自分の身体を追い上げていく、悟空の手。その手の優しい動きに、三蔵の理性は簡単に崩されてしまう。それが、悔しい。所詮、三蔵は悟空を拒みきる事など出来やしないのだ。

そう、主導権を握っているのは、実は日頃従順を強いられている、ペットの方なのだから。

 

 

後日談実は八戒へのプレゼント資金を稼ぐ為に、連日家にも帰らず賭博三昧だった悟浄が、久々に訪れた長安随一の寺院で「てめーが全ての元凶なんだよっ!」との最高僧の言葉と共に、銃弾をお見舞いされた上、魔界天浄の大技を喰らったというのは、数日後のお話。

その後の、エロ河童の消息は定かではない。

 

おわり

 

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