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HAPPY BIRTHDAY

 

「さんぞー」

声をひそめて悟空が、ささやく。しかし、その名前の主は小猿に背を向けたまま「うん」、とも「すん」とも言わない。

「さんぞー。なあ、三蔵ってばー」

「うるせえ、この馬鹿猿!!」

すぱーん!、と三蔵愛用のハリセンの音が深夜の二人部屋に響いた。悟空は、「うー」と唸りながら頭を両手で抱え、上目使いに自分の飼い主を見る。黄金の髪を持つ最愛の人は、すこぶる機嫌が悪い。そう、三蔵は低血圧で寝起きが悪いのだ。

「何すんだよー!暴力たれ目!!」

「バーゲンセールみてえに、人の名前連呼すんじゃねえ!だいたい、今何時だと思ってんだ!!」

ただ今、午前零時をまわったところ。この所、野宿が続いてへとへとだった。夕食をすませ部屋割りを終えると、みんなさっさと自分の部屋にひきあげた。兎に角、久々のベッドでゆっくりと眠りたい。

それなのに、この猿は三蔵のベッド近くまでにじりよって、しつこくうるさく飼い主の名を呼び続けるのだ。いや、悟空が三蔵を呼び続けるというのは八年前からで、今に始まったことではないと、言ってしまえばそれまでなのだが。しかし・・・。「・・・だって、今起こさないと意味ないじゃんか・・・」

恨めし気に、小猿がつぶやく。さっきのハリセンは、かなりきいたらしい。

「ああ?」

「大事な用事が、あるんだよ!!」

悟空は、真剣な瞳で三蔵に訴える。

「・・・腹へって眠れないとかぬかしたら、コロスぞ」

このまま名前を連呼されるよりは、と三蔵は身を起こして悟空と向き合う。煙草を、と思ったが『寝煙草は、危ないですからね。三蔵、まさかとは思いますけれどそんなことはやらないでくださいね』と、にーっこり笑った自称保父さんの顔が浮かんでサイドテーブルに伸ばしかけた手をひっこめる。

・・・認めたくはなくても、人間『苦手』というものは存在する。三蔵にとってこの笑顔が怖い青年は、まさにこの部類にはいるといえるだろう。

「んなんじゃねえよ」

「だったら、はやくその用件とやらを言え。俺は、寝てぇんだよ」

三蔵は、うっとうし気に前髪をかきあげる。その(無自覚な)色っぽさに思わず悟空は、息をつめて見とれる。

「てめえ、さっさとしねえとマジ殺すぞ」

寝起きで最悪に低い声に、悟空ははっとした。そう、こんなところで殺されては困るのだ。

「ごく・・・っ!!」

ぶち切れて悟空を怒鳴りつけようとした瞬間、三蔵の唇を何かがふさいだ。柔らかくて、あたたかい・・・。

自分の身に何が起きたのか把握する事を、理性が拒絶した三蔵はしばらくそのまま固まってしまった。思考まで固まって、悟空の唇が自分の唇に触れるままにさせてしまったが・・・。

すぱーん、すぱーん、すぱーん!!!

我にかえった次の瞬間三蔵のした事といえば、もちろん不埒な小猿に思い切りハリセンをくらわせてやることだった。銃が出てこないあたり、やはり三蔵もペットに甘いという事だろう。

「いってえ。何すんだよー」

悟空は、頭を抱えたまま床にうずくまった。涙声である。

「何すんだってのは、こっちの台詞だ!!てめえ、そんなに死にてえのか!」

怒りと羞恥のため、三蔵の頬はうっすらと薔薇色に染まっている。悟浄あたりがみたら、即座に押し倒すほどの色っぽさだ・・・と、気付かないのは本人だけだろう。

「ちがうよ、プレゼントだよー」

うずくまったまま、悟空は顔だけ三蔵にむける。

「ああ?」

「零時すぎたから、もう三蔵の誕生日なんだよ!俺、一番にお祝いしようと思って・・・」

そんな事のために、真夜中に起こしたというのか。ふうっ、とため息をついて三蔵は右手を額にあてた。

誕生日。すっかりと忘れていた。

寺院にいた頃は、それでも僧侶達が『最高僧の生まれた日』といって大騒ぎをしていたがそんなのは鬱陶しいだけだった。その頃は悟空も、御馳走のおこぼれにあずかる事を喜びこそすれ、プレゼントを用意しようなんて思い付きもしなかったのに。

「だって、八戒が言ったんだ。三蔵がうまれてきたからこそ、出会う事ができた。この日はとっても大切な日なんだって・・・」最愛の人がうまれてきた事を感謝する特別な、大切な日。

「だから俺、さんぞーに最高のプレゼントあげようと思ったんだ」

「・・・で、何であーなるんだ?」

深夜に自分を起こすという迷惑極まりない悟空の行動も、飼い主に愛情を示したかったペットの健気さということに、不本意ながらしてやってもいい。だがしかし・・・。

「・・・自分の一番欲しいものや、して欲しいことをプレゼントするのがいいっていったから」

「誰が」

「八戒」

「・・・」

そうなのだ。この一週間、悟空はとても悩んだのだ。悩みすぎて一日四回しか食事をとれなかった上、食後のデザートも一品しか腹におさまらなかったのだ。みるにみかねた八戒が、そっと教えてくれた。『最高のプレゼント』を。

それなのに・・・。

「さんぞー、気にいらなかったかー?俺、三蔵に喜んでほしくてさー」

色々考えたんだよー、と不安気に飼い主をみつめる。その、しょぼくれた様子に三蔵は深くため息をつく。うなだれて今にも「くーん」となきそうなその姿は、まさに愛しい飼い主に叱られた子犬そのものだ。いや、悟空の場合は小猿か・・・。(ちっ、しかたねえな)

・・・所詮は、ペットに甘い三蔵である。悟浄あたりがこんな『プレゼント』とやらを贈ってきたら即座にあの世におくってやるが、どこまでいっても悟空はペットだ。

そう、ペットが愛情を示すため顔を舐めたと思えば、(多少は)腹もたたないだろう。三蔵は、そう結論づける。そしてうなだれたままの悟空の髪を、くしゃりとかきまぜた。

「さんぞー?」

「猿が、無い知恵絞って考えたってんならしかたねえだろう」

「え・・・、それじゃあ」

「受け取ってやる。その『プレゼント』とやらをな」

ぶっきらぼうで尊大な三蔵の言葉に、悟空の顔がぱあっとあかるくなる。

「三蔵!!」

「こら!抱きつくな、この馬鹿猿!!」

悟空に押し倒されて三蔵は、体勢を崩す。しかし、悟空は三蔵の罵声にもめげずに離れない。

「そうだよなー、俺一番欲しいもんプレゼントしたんだもん。さんぞーだって喜んでくれるよな。うん、やっぱり八戒に教えてもらって正解だよなー」

「・・・おい、まて」

悟空の下敷きになったままの三蔵がつぶやく。そうだ、こいつ始めにも言ってたよな。『自分の欲しいもの』うんぬんと・・・。てことは、何か?この猿は俺にもてめえの顔を舐めて欲しいと、そういう事か?

「猿、てめえ何ふざけた事考えて・・・」

しかし、浮かれた小猿の耳には三蔵の怒りを含んだ声も届かない。

「うん、来年の三蔵の誕生日は今年以上のプレゼントあげっからな。期待してろよな」

「んなもん、いるか!!悟空、人の話を聞け!!」

「あー、何かほっとしたら眠くなってきた。さんぞー、おやすみ」

「おい、人の上で寝んな!!起きろ!どけ、この馬鹿猿!!」

だがしかし、すでに熟睡モードの悟空に何をいっても無駄である。そして小猿の抱き枕にされた三蔵はハリセンで逆襲する事さえできない。

(来年なんてあるもんか。この馬鹿、明日一番にコロス!)

悟空の腕の中で物騒な事を考える三蔵の耳に、小猿の寝言が聞こえる。

「はっぴい・・・ばあすでい、さんぞー」

(・・・ちっ、寝ててもうるせえ奴だな。しかたねえな、まったく・・・)

ふうっ、と今晩何度目かのため息をつくと三蔵は(寝相が悪かったらたたき起こす)と思いながら、悟空の肩に額を埋めるようにして眠りについた。

 

おわり

 

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