Regem angeo
「さんぞ―――っ!」
ずだだっと、床を踏み外しそうな勢いで悟空が三蔵の寝室に飛び込んできた。そしてその勢いのまま、本日の公務を全て終えベッドに腰抱えてゆっくりとして新聞に目を通している、最愛の人の痩躯に抱きつき、有無を言わせず押し倒す。
「て、てめっ! 死にてえのか!」
突然の事に暫し呆然とした三蔵ではあったが、あろう事かそのまま法衣の上を剥いて、アンダーシャツの中に無遠慮に手を差し込もうとする不埒なペットの姿に貞操の危機を感じ、慌てて渾身の力を込めて、かろうじて自由になる足で思い切り悟空の向こう脛を蹴り上げた。
「どきやがれ、この馬鹿猿っ!」
「ぎゃんっ!」
三蔵の膝は見事悟空の鳩尾にヒットし、お猿はそのまま痛む腹を抱えてベッドの下に転がり落ちた。と、起き上が間もなく、三蔵のフルパワーのハリセンが悟空の横っ面に炸裂し、お猿はそのまま横飛びに壁めがけて吹っ飛んで行く。
「ぎゃうんっ!」
ずるずる、と音を立てて床に沈んでいく悟空の耳に、ちゃきっと三蔵が愛用の小銃を構える音がした。
「さんぞ?」
苦しさに金色の瞳を涙で潤ませながら、悟空はきょとん、と愛する人の白い面を見上げる。
「てめ……、いい度胸だな」
三蔵の手に馴染んだS&Wの照準が、悟空の金鈷のど真ん中―――つまりは、額にぴったりと合わせられる。
「んで、さんぞ怒ってんだよぉ」
しかしお馬鹿なお猿は、お許し無しに三蔵を押し倒して襲うとした自分の過ちなど、頭にはまったくないのか。三蔵の怒りの理由がわからない、とばかりにぷぅっと頬を膨らませて、恨めしそうに愛しい人を見つめ返す。
そんな悟空のふてぶてしい態度は、三蔵の標準以下に短い忍耐の糸をぶち切れさせるのに充分だった。
すぱんっ、すぱぱぱぱ――――んっ!!
それでもそれなりに可愛いペットへの温情か。三蔵は額に銃弾ではなく、悟空のまあるい頬に往復3発のハリセンビンタを喰らわせると、それだけではまだ足りないとばかりに、げしげしとご丁重に足蹴りのオマケもつけてやる。
「いてっ! 痛っ! さんぞ、いてーよ! ンで、そんなに怒るんだよぉ」
身体を丸めて己の急所を庇い、きゃんきゃんと泣くペットに、いよいよ三蔵は般若の顔で出来の悪いペットの上に史上最強の威力のハリセンを炸裂させた。
「ぐぇっ!」
「だって、だって悟浄がぁぁ」
三蔵の息がきれるまでボコボコにされた哀れな猿は、ぜいぜいと肩で息をする愛しい飼い主にみーみーと泣きながら訴える。
「今日は恋人達が甘―い一夜を過ごす日だって。そう言ったんだもん―――っ!」
びーっと泣きながら、自分に非はないと言い募る悟空に、三蔵は「あの腐れエロ河童が」と悪態をついてオマケにちっと小さく舌打ちをする。
年末年始を控えて忙しい三蔵の邪魔になるから、と悟浄の家に遊びに出された悟空は、ここの元家主からまた余計な話を仕入れてきたようだ。どうも悟浄と八戒のふたりは悟空の教育・躾上、自分が好ましくないと思う事ばかり悟空の耳に入れて厄介な事この上ない。そんな三蔵の親心も知らず、悟空は更に涙で顔をぐちゃぐちゃに汚しながら自分が殴られるのは不当だ、とばかりに三蔵に向かって泣き喚く。
「恋人が甘い一夜ってのを過ごす日なら、俺と三蔵だって甘い一夜を過ごさなくっちゃいけねーだろっ? そー思って俺、急いで帰ってきたのにっ!」
「……おい、誰と誰が恋人同士だって?」
「寺に帰ってくる途中も、着飾った男の人と女の人が仲良く歩いてるから。俺、こんな大切な日に三蔵をひとりぼっちにしちゃいけねーって、猛スピードで帰ってきたんだぞ!」
「人の話、聞いてねえなっ! いつ俺がてめーの恋人になたってんだよ、この腐れ脳みそ猿がっ!」
こめかみに怒りマークをくっきりと浮かばせた三蔵は、そのまますでに真ん中からぽっきりと折れてしまったハリセンで、とどめの一発とばかりに悟空の脳天に渾身の一撃を炸裂させた。あまりのすさまじい威力に、悟空は悲鳴を上げる事もできずそのまま床にのめり込んだが、その直前耳に届いた三蔵の言葉に脅威の復活力でむくっと起き上がった。
「え? え? 俺と三蔵、恋人同士じゃねーの? だって三蔵、俺に抱かれてくれるじゃん!」
「ざけな事、抜かしてんじゃねえよっ!」
「ふざけてなんか、いねーよ! 三蔵、黙って俺の事受け入れてくれたから、俺てっきり三蔵と、恋人になれたんだとばっか思ってたのにっ! ……違うのか?」
機関銃のように捲くし立てる悟空だったが、最後は涙声で、その大きな金瞳もうるうると潤んで今にも大粒の雨を降らせそうだ。
(ちっ、泣き落としなんて、通用しねーぞっ!)
悟空に泣き落としなどという器用な真似が出来る筈などない事は、三蔵自身一番よくわかっている。だが『通用しねーぞ』と言いながら、悟空のうるうると潤んだ瞳に弱い自分自身の事は、まったくわかっていないようだ。今回も『俺達、恋人じゃねーのぉ?』と、ボトボトと涙を零す悟空を前にすでに心が揺らいでいる事にすら、気づかない三蔵である。
「とにかく、今日は恋人達の日でも何でもねぇ。『クリスマス』と言って……異教徒の祭りで、潅仏会(花祭り)みてーなもんだ」
うるさいペットを寒い廊下に放り出しもせず、わざわざ今日という日がどういう日なのかを説明してやる事自体、すでに悟空を甘やかして許してやっている証拠などとは、本人全く持って気づいていない。そして三蔵の『恋人じゃない』発言に、この世の終わりとばかりにみーみー泣いていた小猿も「でも、でも……」と、一つ覚えに繰り返すだけ。
悟浄の言葉に心踊り、街を行き交う恋人達のらぶらぶ振りに、今夜の三蔵とのスウィートなふたりだけの時間を想像して、天国まで舞い上がっていた悟空にとって、この現実はあまりに厳しすぎるものだったかもしれない。
天国から地獄……。まさに現在の悟空の心境はそれに近いものがあるだろう。
「でも、じゃねーんだよ。クリスマスは天竺より更に西の地方の、異教の神の誕生を祝う祭りなんだ」
「じゃあ、なんで悟浄が『恋人達の日』なんて言ったんだよっ! 横にいた八戒だって、それ聞いて否定はしなかったよっ!」
「……一年程前、バレンタインデーの話をしたな」
「うん」
そう、今年の二月にも悟浄から余計な知識を仕入れてきた悟空は、『今日は好きな人にチョコを贈る日なんだ!』と言って、投げ無しの小遣いで買ったチロルチョコを一個三蔵にプレゼントし、「さんぞーからも、チョコが欲しい!」と駄々を捏ねまくった事があった。
その時も三蔵は「この日は異教の坊主が死んだ日で、そいつが引き裂かれた恋人達の仲を取り持ってやったって伝説から、いつの間にか『恋人達の日』なんて言われるようになっただけだ。チョコを贈る云々に至っては菓子屋の陰謀だ」
と、夢もロマンもない説明でばっさり悟空を切って捨てた。そして今回も同様に多感な少年のささやかな夢をぶった切る事こそ、悟空の間違った知識を正し、真実を教え込む己の役目と自負している。……というよりは、単に自分の身の安全の為なのだろうが。
ただでさえ体力馬鹿の悟空の求愛に日々付き合わされて、心はともかく身体はクタクタの三蔵である。これ以上余計な『恋人達の祝日』が増えて、その度にベッドに押し倒されては正直身体がもたない。
「アレとおんなじだよ。もとは宗教行事だったのが、いつの間にかそれ本来の意味から離れて、『恋人達が一緒に過ごす日』だの言われるようになったんだ」
「でもぉ」
「でもヘチマもねーんだよ。てめー、俺の言う事を疑う気か? 大体潅仏会に、いちゃつく奴等がいるか? 考えてみろ、ボケ。それと同じだよ」
「うぅぅぅ……」
確かに潅仏会が『恋人達の祝日』だなんて聞いた事は、この数年の寺院暮らしの中で聞いた事もない。珍しく甘茶を振舞われる喜びはあるが、三蔵は豪奢な正装で朝から晩まで大忙し。いちゃつく所の話ではなく、それどころか潅仏会が近づくと「忙しい、邪魔」の二言で悟浄・八戒宅の元にお預けの身となってしまう。それを考えると、やっぱり『くりすます』なるものは恋人達の為の特別な日ではないのだろうか。
「じゃ、八戒も俺の事、騙したのか……?」
「別に騙しちゃいねーだろ。仏教徒が殆んどのこの長安では、宗教的な色彩より、そーいったお祭り感覚の方が一般的だからな。だが俺には関係ねぇ」
「……」
きゅーん、と項垂れてしまった悟空の見えない耳も尻尾も、力なく垂れてしまっている。八戒がこの場にいたら「三蔵は情緒教育がなっていませんっ! 悟空の伸びやかな資質を、もっともっと伸ばしてあげるのも、保護者の務めなんですよっ!」と、モノクルをきらり、と光らせて説教するところだろう。彼は根っからの保父体質だから。
しかし流石の三蔵も、夢砕けてしょんぼりと肩を落とす悟空を、多少なりとも哀れに思ったのか。
(仕方ねぇな)
小さくため息をつくと、目の前にある悟空の頭を軽く拳で小突いてやる。
「いてっ」
「支度しろ」
「え?」
痛む頭を両手で抑えて恨めしそうに自分を見上げるアホ面に、ぶっきらぼうに言い放つ。
「自分の目で確かめれば納得できるだろ」
これも一般的知識の欠けたペットを持つ飼い主の務めだ、と自分に言い訳しながらも三蔵は目立つ法衣を着替える為にと重い腰を上げるのであった。
悟空が三蔵に連れられて来たのは、レンガ造りの小さな教会堂だった。寺院を出る時にはちらほらと雪が舞い始めていた為に、三蔵は白いダッフルコート、悟空も最近買ってもらったばかりの焦げ茶色のダッフルコートに、八戒からプレゼントされたお揃いのマフラーという出で立ちだ。
初めて足を踏み入れた教会内は、すでに堂内の灯りが消されていた。『キャンドル・サービス』とかで、みんなが小さなろうそくを手に持ち、ゆらゆらとあたたかな無数の光が、参列した人々の顔を照らす。祭壇には花が沢山飾られているようで、甘い香りでむせるようだ。
目立たぬように、とベンチ椅子の最後尾に座ったふたりに、『クリスマスの為の式次第』という小冊紙が、ベールを被った初老の女性から歌集と共に手渡された。
「さんぞ、これ?」
「信者じゃねー奴も、クリスマスにはこうやって教会に来るんだよ。式の流れがわかるように、こうやって配ってるんだろう」「ふーん」
キャンドルの灯りを頼りに、ぱらぱらっと冊紙を捲って中を覗いてみる。何やら色々書かれているが、悟空の頭ではよくわからない。尤も日々寺院で読まれている経の内容も理解できないのだから、悟空にとってはどうでもいい事だが。
それよりも初めて足を踏み入れる『異教の寺』に、悟空の好奇心が刺激される。住み慣れたあの寺院とは、まったく感じも内装も違う。壁には何枚かの絵と、何やら丸い輪っかの形をして、木の実とかオーナメントで飾り立てられたものが沢山飾られている。特に悟空の目についたのは、キャンドルのあたたかな灯火の中に浮かび上がる、幾つかの像。その中でも特に目を惹いたのは、幼い子供を抱いた優しげな女性の像だ。
あれも、ここの仏像なんだろうか? 若くて襞がいっぱいついた服を着て、にっこり笑っている。寺に置いてある仏像とは、全然感じが違う。なんだが生きている人みたいで、アレはいつもみたいに悪戯して壊すのに躊躇しそうだ。
あの祭壇の前に置いてある、小さな赤ん坊の人形。あれは潅仏会の時に甘茶を注ぐ、誕生仏みたいなもんなんだろうか?
頭に浮かんだ疑問に応えて欲しくて、横に座る三蔵に声をかけようとした悟空は……その言葉を飲み込んだ。
柔らかなキャンドルの光に照らされる三蔵の横顔。いつもは血が通っているとはとても思えない程、白く透き通るようなその肌も、灯火を受けてほんのりと淡く色づいて見える。式次第に目を通しているのだろうか、少し伏せられた睫が陰を落とす。キラキラと輝く金髪は、無数のキャンドルの光を反射して彼自体が輝くひとつの灯火のようだ。
(すっげー、綺麗)
無表情なのはいつもと変りがないけれど、でもほんの少しだけ穏やかな雰囲気に包まれているのは、気のせいだろうか?そんな三蔵の横顔を眺めているだけで、悟空の心の中はぽっと火が点ったかのように温かくなる。
うっとりと愛しい人の顔を間近で見つめる事の出来る幸せに、悟空は教会内にオルガンの音が厳かに響き渡った事にも気が付かなかった。
ミサが終わった後のパーティにも顔を出したふたりが帰路に着いた時には、かなりの雪が長安の街に降り積もっていた。「ホワイト・クリスマスか」
教会の人が貸してくれたひとつの傘の下、肩を寄せ合って歩くふたり。
「なに、それ?」
「クリスマスの晩に雪が降るのを、そう言うんだよ」
「ふーん」
さくさくと、柔らかな雪を踏みしめる音が、もうすぐ眠りにつこうとしている街中に響く。商店街のイルミネ―ションも消され、祭りの後の物悲しさが漂う中、でも不思議と悟空の胸の中は温かく満たされていた。
「これで恋人達の日じゃねーって、わかったか?」
「うん。……でも」
救い主が生まれた事を記念する日。よくわかんねーけど、やっぱり楽しい日なんだな。と、悟空は思った。
異教の神を信じる人達は『最高僧・三蔵法師』の顔を知らないのか、この金髪・不機嫌美人を見ても取り立てて騒ぎ立てもせずごく自然に接していた。潅仏会の時には、いつもしかめっ面をしたジジィ達が、媚を売るように三蔵に近づいてきたものだったが。
式に参加してた人は、みんな幸せそうで穏やかな笑顔で、自分にも「メリー・クリスマス」と声をかけてくれた。彼等の高揚した気持ちが移ってしまったのかもしれない。座って、立って、歌って、を繰り返す儀式も退屈は覚えず、少しだけワクワクした。三蔵は相変わらず仏頂面で、腕を組んだままベンチ椅子に座って踏ん反り返ったままだったが。
ミサが終わった後「お茶をどうぞ」と声をかけてくれたのは、式次第を手渡してくれた婦人だった。
「あの、俺、『しんじゃ』じゃねーよ?」
という悟空に、「かまいませんよ。一緒にお祝いしてください」と、柔らかく微笑んで、今度は温かいお茶とケーキの乗ったお皿を手渡してくれた。三蔵はどうやら勧められたワインが気に入ったようで、しばらくこの『パーティ』に交わる事も許してくれた。
自分が三蔵の生まれた日が、嬉しいように、きっとこの救い主とやらを待った人たちにとっても、この日は大切な日なのだろう。
温かいキャンドルの灯火と、耳慣れない賛美歌。美味しいお茶と、ケーキ。優しく接してくれた老婦人。そして何より、ほんの少し穏やかな表情で横に座っていた三蔵。
外はこんなに寒くで、手足も凍えてしまいそうなのに。心の中は、まだポカポカしている。知らず知らずのうちに、口元に笑みだって浮かんでくる。
「なにが『でも』なんだ。へらへら笑いやがって、気色悪ぃ」
そう言う三蔵も、アルコールが程よく回っているのか。ほんのりと頬を紅に染めて、彼にしては上機嫌だ。うん、こんな三蔵が見れたんだし。
「やっぱ『くりすます』は、恋人達の日だよ」
「まだ言うか、この馬鹿猿」
こつん、と傘の柄を持たない方の手で拳を作って、軽く悟空の頭を小突く。だけどいつものハリセンに比べたら、そんなの撫でられたみないなもんだ。口調だって、いつになく柔らかい。
「さんぞ、『くりすます』楽しかったな。来年も行こうな」
「てめぇの目当ては、終わった後の食いモンだろーが」
「違うもん! それもあるけど」
「それしかねーだろう。それよか、早く帰るぞ」
「寒い?」
「……今はアルコールが入ってるから、それ程じゃねえがな」
「じゃ、寒くなったら俺が抱き締めてあげる」
「いらん」
「なんでだよぉ。俺の体温、さんぞよか、ずっと高くてあったかなんだぞ! それにやっぱり今日は『恋人達の日』なんだからさぁ」「違うって言ってんだろーが、この馬鹿猿が」「いいの! 俺にとっては『恋人達の日』なんだからっ! そう決めたんだからっ!」
「……なんで、そうなるんだ」
ふぅ、と肩を落としてため息をつく三蔵を、悟空は心の底から幸せそうに見上げる。その笑みはふにゃふにゃと、今にも溶けてしまいそうだ。こんな風に相合傘が出来るのだって、きっと今日が『くりすます』だからだ。
手袋をしていない三蔵が凍えた手をコートのポケットに入れようとした時、そっとその手を握って自分の熱を分け与えたら「うぜぇ」と言いながらも、その手を払いのけようとはしなかった。
「俺、酒呑んでねーから、寒いもん」と言って、ぴとっと張り付いてくる猿を「歩き難いだろーが」とぼやきながらも、好きなようにさせてくれた。
こんな事は滅多にない。だからやっぱり『くりずます』は恋人達に幸せをプレゼントしてくれる、とっても素敵な記念日なんだ。そうひとり納得した小猿は、いきなり歩みを止めると
「なんだ?」
と怪訝そうに紫暗の瞳で自分を見下ろす三蔵の白い頬を両手で包み込んで、ぐいっと引き寄せた。
「おいっ!」
怒ったような、戸惑うような三蔵の声を無視すると、悟空は少し背伸びをして愛しい人の柔らかな唇に自分の唇をそっと重ねた。こんな不意打ちも、『くりします』に免じて許してくれるに違いないから、とお猿はどこまでも自己解釈を貫き通す。「ご、ごくっ」
上擦った三蔵の声を塞ぐように、何度も何度も軽く唇を合わせると、やがて三蔵の手から借り物のビニール傘がぽとり、と音もなく雪の上に落ちていく。
「さんぞ、大好き」
「……言ってろ、馬鹿猿」
「うん」
アルコールの所為だけではない、少々赤く染まった目元がこの行為を許してくれる証。
悟空は、にぱっと幸せそうに破顔すると、今度は三蔵の呼吸すら奪う程深く唇を重ねた。
真っ暗な空から、まるで羽毛のようにふらふらと舞い降りてくる、白い雪の結晶。でもちっとも寒くはない。大好きな人のぬくもりが、この腕の中にあるのだから―――。
『Merry Xmas!』
おわり