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項垂れながらとつとつと話す悟空に、三蔵は本気で頭痛を覚えた。ペットとは、ここまで飼い主を慕うものなのだろうか? 今まで悟空以外の生き物を飼った事のない三蔵には今ひとつ理解できない。

それとも幼い悟空を育てた三蔵を、親代わりとして親愛の情を示しているのだろうか?たしかに自分も養い親の光明三蔵を慕いはしたが、それと悟空の感情はどうも違う気がする。だいたい悟空がマネした悟浄の言葉、あれは口説き文句ではないか。

「そうだよ! 俺、さんぞーを口説こうとしたんだもん!」

口を尖らせて悟空が言うと、三蔵は額にくっきりと青筋を立てて怒鳴り返す。

「なんで、てめえが俺を口説くんだよ! ざけんのも大概にしろ!」

こうなると悟空も負けてはいない。きっ、と愛する飼い主を見上げてきっぱりと言い放つ。

「ふざけてなんか、いねーよ! 俺、さんぞーの事が好きなんだもん!」

「ンなのは、耳にタコが出来る程聞いた」

「さんぞーが思ってるような『好き』じゃねえ!」

「他にどんな『好き』があるってんだ!?」

「さんぞーの事、抱きたいって、そう意味の『好き』なんだよっ!」

「・・・なに・・・?」

思わぬ悟空の告白に、三蔵の頭の中は真っ白になる。

好き? 抱きたい? 誰が? この猿が、俺を・・・?

まさか悟空が自分を恋愛対象として見ていたとは・・・。何とか冷静に話を分析しようとするが、既に三蔵の頭は範疇を超える出来事にオーバーヒートしてしまっている。

ショックのあまり真っ白になった三蔵の姿を、自分への怒り故に言葉も出ないのだと誤解した悟空は、大きな満月のような瞳からぽとぽとと涙を零す。

「そりゃさ、さんぞーがそういうのは嫌いって事は俺だって知ってるよ。俺の事、ガキだと思っていることもさ。でも、それでもさんぞーの事好きなんだよ!」

ぐすっとしゃくりあげると、小猿は目元を乱暴にごしごしと擦る。

「初めはさ、さんぞーの傍にずっといられるだけでいいと思った。だけど、俺がさんぞーの傍にいて、すっげー幸せな気分になるように、さんぞーが、俺が居たらちょびっとでも嬉しいって思ってくれて、んで俺に笑ってくれたらなぁって思って・・・」「あんな気色悪ぃコト抜かして、俺が喜ぶとでも思ったのか?」

「だって、八戒は悟浄に言われて、すっげー嬉しそうだった。だから、八戒みたくさんぞーが笑ってくれたらって・・・。そりゃ、さんぞーがニッコリ笑うって事は無いだろうけど、でも少しでも微笑んでくれたらって・・・」

感極まってきたのか、悟空の口から言葉が次から次へと溢れ出る。

「さんぞー、時々口元綻ばせる時あんだろ? すっげーそん時のさんぞーの顔って穏やかで優しくってさ。俺、それ見ているだけで、胸ん中あったかくなって幸せな気分になれんだ。ほんとに太陽みたいなんだよ」

悟空は自分の胸に手を当てて、その時の『温かさ』を思い返しては噛み締める。

「ほんとは自分の言葉で言うのが一番なんだろうけど、俺、馬鹿だから。色々考えたけどいい言葉浮かばなくって・・・。だから悟浄が八戒に言った事そのまま言っちゃって。それは、悪いと思ってるよ。でも、さんぞーが綺麗なのは、ほんとだよ?」

自分の目立つ容貌が時としてトラブルを引き起こす事実に不快感を持ってる三蔵は、悟空が見ているのも所詮は顔だけかと苦々しく思い、柳眉を不機嫌そうに顰めた。

「・・・ふん、『綺麗』なんて、面の皮一枚の話だろうが」

「違うよっ!」

三蔵の軽蔑の入り混じった声音に、悟空が思いがけないほど強く反発する。

「確かにさんぞーは顔もすっげー綺麗だよ。時々街で見かける女の人達だって、さんぞー以上にきれーな人なんて、一人もいないよ。きらきら光る髪の毛も、紫色の目も、白い頬も、ほんとに光を集めて作ったみてぇで、みんな綺麗だよ。でも、外見だけじゃないんだよ!」

悟空のあまりにもストレートで子供じみた褒め言葉に、三蔵は思わず頬を赤らめた。悟空自身は気づいていないようだが、これは立派な口説き文句だ。なまじ本人が意識して言っている訳ではないだけに、余計聞く方は気恥ずかしい。

三蔵自身、何故自分がこんな猿の世迷い事で照れるのかがわからず、内心かなり焦っていた。

「・・・じゃ、なんだってんだよ」

「さんぞーの全て」

照れ隠しか、不機嫌そうに問う三蔵に、悟空は常に無いほどきっぱりと澱みなく告げる。

「さんぞーの強いトコも、消えちゃいそうなトコも。真っ直ぐで、迷いが無くて、そして、時々みせてくれる優しいトコも、みんな綺麗なんだよ」

「・・・ンなもん、てめーの思い込みだろーが。綺麗なだけの人間なんていねえんだよ」

「違うって! そりゃさ、さんぞーは坊主のくせに乱暴で、いっつも俺の事ハリセンで叩いて。酒も煙草もやるし。普段はすっげー鬼畜生臭だけど。だけど『綺麗』なんだよっ!」

自分の思いを上手く言葉に表せないもどかしさから、悟空は片足でどんどんと地面を蹴りながら力説する。

判っている。三蔵の言う通り、綺麗なだけの人間なんていない。

三蔵だって、彼自身が目を背けている弱さや醜さを持っている。悟空だってそれを知っている。それでも、その弱さや醜さや脆さを全てひっくるめて三蔵は『美しい』のだと悟空は思う。三蔵の内に秘めた、彼自身さえ気づいていないであろう輝き。その光に導かれて悟空はここまできたのだ。

どうすれば、そんな自分の気持ちを三蔵にわかってもらえるのだろう。悟空は、自分のボキャブラリの無さを呪いながら、それでも三蔵に言い募る。

「さんぞーが俺を拾って育ててくれたから、だからさんぞーの事が好きになったんじゃないよ。会う前から、俺がさんぞーの事好きだったから。だからきっと俺、知らない間にさんぞーを呼んだんだ。そして、さんぞーは俺の声を聞いてくれたんだろ?」

それがまるで出会う前から決められていた、互いの絆の証であるかのように確信して言う悟空に、三蔵は、それじゃまるで『運命の恋人』って奴じゃねえかと思って、知らず知らずの内に赤面する。

くだらねぇ、ンなのてめえの思い過ごしだと、心の中で反論しながらも、それを信じて疑わない猿を満更でもないと思ってしまっている自分に三蔵は戸惑いを隠せない。

「・・・てめえがあんまり煩かったから。それだけだよ」

「それでも俺、嬉しいよ。きっとあの時来てくれたのがさんぞーじゃなかったら、俺一緒には行かなかった。さんぞーだから、一緒にいたかったんだ」

今まで見たことのない悟空の真摯な瞳に、三蔵は言葉を返せない。

「さんぞーが時々、小さく微笑んでくれただけで俺、胸ン中いっぱいになっちゃうんだ。さんぞーが傍にいてくれるだけで、さんぞーが今生きて俺と一緒に居てくれていると思うだけで、五行山での500年なんて、どうでもいいと思えちゃうんだよ?」

五行山に幽閉されていたからこそ、三蔵に出会えた。あそこにいなかったら自分は三蔵と出会う事がなかったのかもしれない。それならばあの500年も、今三蔵の傍で生きる為には必要な事だったのだろう。悟空はそう思っている。

そして三蔵は、そんな悟空の告白を複雑な思いで聞く。気の遠くなるような500年の孤独も、自分に出会う為に布石だというこの小猿。

他人の人生を押し付けられるのも、他人が自分に寄りかかって生きるのも大嫌いだというのに。自分の存在が他人にどれだけ影響を与えようが、三蔵には関係ない事だというのに。少なくとも、そうだった。この猿に出会うまでは。なのに今、目の前にいる小猿が三蔵と出会った幸せを思えば、辛かった幽閉の事実などどうでも良いと言うのを、どこかくすぐったい想いで聞いている。

 

こんな感情は、今まで一度も味わった事がない。この、自分でも制御できない気持ちは一体なんなんだ?戸惑う三蔵に気づきもせず、悟空は堰を切ったように話し続ける。

「ずっとさんぞーと一緒にいたい、誰にもさんぞーを渡したくない。だから、さんぞーにも俺を好きになって欲しい」

「・・・俺は、誰も必要としてねえ」

三蔵の言葉に、悟空は悲しげに瞳を細めてそれでも嘗て無いほど大人びた表情で言った。

「うん、知っている。でも、それでもいつか、俺の事必要として欲しい。俺が傍にいて、さんぞーが安心してくれたら、俺、すっげー嬉しい」

「もう、いい。悟空」

三蔵が悟空の言葉を遮る。何故だかわからないが、自分を求める悟空の言葉を聞いていると、自分が、今までの自分でなくなるようだ。

(なんだって、猿の寝言を・・・その・・・嬉しいなんて、思うんだ!?)

三蔵は他人の悪意には敏感だが、好意というものには本当に鈍い。元来自身がそういう感情を持った事がないので、悟空を相手に初めて味わう感情に、三蔵はパニック寸前だ。

「さんぞー、俺の話聞くのも嫌か?」

「そ、そうじゃなくて・・・」

普段ならば「てめえの世迷い言なんぞ聞いてる暇はねえんだ!」と言ってハリセンを容赦無く振り上げる筈の自分が、どうして三蔵に拒まれたのかと思い、傷ついた瞳で見つめてくる猿の姿に戸惑わなくてはならないのか?

(そうだ。みんな訳のわからん事を言って俺の平安を乱す、この馬鹿猿が悪いんだ!)

理不尽な怒りがムラムラと込み上げてきて、愛用のハリセンを悟空の頭上に振りかざした瞬間。

「あ、危ねえ、さんぞーっっ!」

足元にあった小石を踏んでバランスを崩した三蔵が、ぐらりとよろけた。間一髪で悟空が抱きとめたが。

「・・・っう」

「さんぞっ!?」

腕の中であがった小さな呻き声に、悟空ははっと三蔵の顔を覗き込む。苦痛に眉を顰めて唇を噛む三蔵に、悟空は小さく訪ねる。

「もしかして、足捻っちゃった?」

思わず差し伸べられた腕に縋り付いた三蔵は、自分を抱きとめているのが悟空の腕だとそこで初めて気づき、慌てて身をよじってその腕から抜け出そうとする。

「さんぞ?」

「うるせえ、この腕を離しやがれ!」

腕の中で暴れる三蔵にどうしたものかと思案するが、これ以上暴れては捻挫を負ったかもしれない三蔵の足に負担をかけるだけだと判断した悟空は、愛する人をそっと解放する。悟空の腕から逃れた三蔵は、夜目にもはっきりと判るほど頬を真っ赤に染めて、くるりと踵を返した。

「さ、さんぞー!? どこ行くのっ!?」

「うるせえ、帰るんだよ。もうすぐてめえは寝る時間だろうが」

頬を染めたまま無愛想にそう言った三蔵は、次の瞬間膝を折った。

「さんぞー!?」

慌てて悟空が駆け寄り三蔵の前にしゃがみ込むと、三蔵のジーンズの裾をいきなり捲り上げた。

「て、てめえ、この猿! なにしやがる!!」

今度は耳まで真っ赤に染めた三蔵が、声をひっくり返らせて腰を引く。しかし悟空は三蔵の痛めていないもう片方の足首を掴むと、そっと捻った右足に触れる。

「・・・っ」

思わず息を呑む三蔵に、悟空が声を潜めて言う。

「さんぞー、熱もってるよ。これ、やっぱり捻挫だよ。これじゃ、歩いて帰れないよ?」

確かにいつもならはるかに熱く感じる悟空の手のひらが、どこかひんやりしているように思える。かなり酷く痛めたようだ。三蔵が苦虫を潰したような顔をして舌打ちをすると、悟空がくるりと三蔵に背を向ける形でしゃがみ込んだ。

「・・・猿?」

「俺がおぶっていく」

あまりな悟空の申し出に三蔵はハリセンを出す事すら忘れて、声の限りに小猿を怒鳴りつけた。

「ざけんな! んなみっともねえマネできっか!」

「でも、そんな足で歩いて帰ったら捻挫が酷くなるだけだよ?」

「うるせえっ!!」

そう悟空を一喝すると三蔵は無造作に立とうとするが、ずきっと疼くような痛みが右の足首に走り、思わず秀麗な面をしかめる。慌てて崩れそうになる三蔵の身体を支えようと伸ばされた悟空の手を、それでも三蔵は無慈悲にもぱしっと片手で振り払う。

「さんぞ、お願いだからさ」

「うるせえってんだろうがっ!」

苦痛に顔を歪ませながらも、それでも悟空の助けを頑なに拒む三蔵に、悟空は悲しげに金色の瞳を細めるといきなり三蔵の膝の裏に腕を廻して、愛する人の身体を軽々と抱き上げた。

「て、てめぇ、この馬鹿猿っ! 何しやがる!?」

いきなり悟空に抱き上げられた三蔵は、『お姫様抱っこ』というあまりにも恥ずかしい己の状況に、全身真っ赤になって湯気まで出しそうな勢いで叫んだ。

「だってさんぞー、足痛いんでしょ? おんぶが嫌ならこれしかないじゃん」

「俺は、自分の足で歩いて帰ると言っているだろうがっ!」

「さんぞー」

尚も自分の腕の中で抵抗してもがく最愛の人に、悟空はまるで小さな子供に説くかのように、ひとつひとつの言葉を噛み砕くようにして言った。

「お願いだからさ。帰ったら思いっきりハリセンで叩いていいよ。だから今は我慢してよ」

悟空の大きな瞳が真っ直ぐに三蔵を見つめる。

「こんな足で寺院まで歩いたら、さんぞー足ダメにしちゃうよ。恥ずかしいって言うんなら、人目につかない道を使う。できるだけ早く帰る。さんぞーの足に響かないように気をつけるからさ」

だからお願いだから無理しないでよ、と心底自分を心配して言う小猿に、三蔵はぐっと言葉を飲み込む。

どうしてだろう。どうして、この小猿の手を払いきる事ができないのか? どうして自分の身を案じるこの小猿の気持ちを、心のどこかで『嬉しい』などと感じてしまうのか?

これは、きっとあの夜桜のせいだ。あれがあんまりにも幻想的な美しさだったから、その毒に当てられてしまった。きっとそうに違いない。

普段の三蔵からは考えられないほどの非現実的な結論で無理矢理自分を納得させると、三蔵は意識して力を抜いて悟空の腕に身体を預ける。

「さんぞー?」

「落とすなよ。落としたらコロス」

「・・・うんっ!」

三蔵のお許しが出た事に相好を崩すと、悟空はもう一度三蔵を抱き直して足早に、けれど三蔵の身体に響かないよう細心の注意を払って寺院に向かって歩き出す。

「さんぞー、大丈夫」

「・・・ああ」

三蔵は悟空の腕の中で、ふと思う。

この猿は何時の間にこんなに大きくなったのだろう。ガキだ、ガキだと思っていたのに。何時の間に自分を抱きしめる程の腕を持ち、あんなに熱い瞳で自分を見つめ、自分を包み込もうとするようになったのだろう。

そしてそれ以上に三蔵が戸惑うのは、自分自身の心の動きだ。

他人と関わる事を良しとせず、ただ己のみを信じ、決して他人の感情に流される事などなかったのに。どううして、あんな身の程知らずにも自分を求めてくる猿の戯言にこんなにも動じてしまうのか。

だいたい誰かに何かを言われて『嬉しい』なんて感情を持つのは、師匠を失って以来初めての事だ。あまり昔の事で、三蔵自身そんな感情が自分にもあった事すら忘れていた。

なにもかもが、今の三蔵には判らない事ばかりだ。判らない事だらけだが、その中でたったひとつ。今悟空の腕のぬくもりを心地よいと感じている自分がいる事だけは、悔しいが事実だ。人のぬくもりなど、気持ち悪いと思っていたはずの自分なのに・・・。

悟空の腕の温かさと、リズミカルな振動に三蔵はうとうとと微眠み始めた。

「さんぞー、寝ちゃったの?」

そっと三蔵を覗き込むと、ここ数日の疲れが端麗な顔に滲んでいる。

大好きな人、大切な人。その人が今自分の腕の中で眠っている。そう思うだけで悟空の口元には自然に笑みが浮かんでくる。

(これって少しは、俺の事受け入れてくれているって事かな? 俺の傍で安心してくれているって事かな?)

八戒のような笑顔は見せてはくれなかったけれど、それでもこうして三蔵が自分に身体を預けてくれている。そして、こうして微眠んでくれている。それだけで今の悟空には充分だ。

(焦らなくても、いいんだよね。これからもさんぞーと一緒なんだから。またひとつ、ひとつ、さんぞーに『好き』って伝えていけばいいんだよね)

「さんぞー、大好き」

そう呟くと悟空は三蔵の白い額に刻まれた、真紅の印にそっとくちづける。そして壊れ物を抱くように三蔵の身体を優しく抱きしめると、愛する人の眠りを妨げないようにと静かに桜の木を後にした。

―――額に受けた悟空の唇の感触に思わず目が覚めて、項まで真っ赤に染めた最愛の人の動揺にさえ、気づかずに―――。

 

おわり

 

キリリク『一生懸命三蔵様を口説く悟空。うるさがりながらも結構嬉しい、だけど、何故そう思うのか判らない好意に鈍い三蔵様。ラストはらぶらぶで』

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