top of page
闇 桜
寺院の裏手には、それは見事な桜の大木がある。
だがしかし、その樹齢を重ねた老木を知る者は、以外と少ない。
毎年ひっそりと、けれど凄艶に咲いては風に散らされていく。
闇の中に舞いながら・・・。
三蔵をもとめて、悟空はそっと寺院を脱け出す。
一度寝ついたらめったに起きる事はない自分が、夜中にぽっかりと目が覚めた。
ふっと三蔵のベッドを覗いて見ると、主は無くシーツは冷たい。
(声が、する)
闇の中に、満開の桜が白く浮かび上がる。
音のない、霞むような世界の中で老木に寄りかかるようにして立つ人の、黄金の髪だけが強い光を放っている。
愛しいその横顔さえ、舞い散る桜に溶けていく。
「さんぞー」
そっと、愛する人を抱きしめる。
嗅ぎなれた三蔵の甘い匂いと、それに混じるかすかな煙草の匂い。
「桜の下には、死んだ人間が眠っている」
誰かが、そんな事言ってたな。
悟空の腕に大人しく抱かれたまま、誰に言うともなく、三蔵が呟く。
多くの血を浴びてきた事を、後悔する気はさらさらないが。
お師匠さま
朱泱
決してその死を望まなかった人々の血を、浴びた事も事実だ。
普段は、記憶の奥底に封印しているのに、時々浮かび上がっては、三蔵の心を蝕む。
今夜も、桜が呼んだ気がした。
いや呼んだのは、桜の下に眠る魂か・・・。
「桜の木の下になんて、なんにもないよ」
三蔵の心を縛る古い傷痕に、少しばかりの苛立たしさ。
過去の幻の呼びかけなんか、聞こえるはずない。
三蔵を呼んでいるのは、俺だから。
そして、三蔵の声を聞くのも自分だけなのだから。
「・・・さんぞーが、欲しい」
耳元に、そっとささやく。
「ざけんな。こんな所でなんか、まっぴらだ」
そう言いながらも、三蔵は悟空の腕を振り払わない。
それを承諾と受け取って、悟空はそっと三蔵の身体を横たえる。
触れるだけの接吻けを、幾度もくりかえし
やがて三蔵を驚かさないようにと
やさしく、舌を忍び込ませ、絡ませる。
「・・・ん・・・」
今、三蔵の側にいるのは、俺。
三蔵を抱きしめるのも、俺・・・。
「それ、わからせてあげるよ」
桜の視せる幻影なんて、そんなの知らない。
舞い散る、白い桜の花びらのなか
かぼそい声が、闇に溶ける。
おわり
bottom of page