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ハッピーニューイヤー

 

「さんぞー、年越しは二人だけで過ごそーぜ」

と、悟空が三蔵に言ったのは十二月も半ばを過ぎた頃だった。

二人が恋人になってから初めての年越し。いや、『恋人』という甘い単語が自分達に似合うかどうか少し考えものかもしれないが、それでもあの三蔵が自分に肌を許してくれたのだ。だから、やっぱり『恋人』のはずだ。そうに、違いない。・・・そう、思いたい・・・。

しかし、愛する人と二人っきりでの年越しという悟空の甘い夢は、三蔵の「却下」という、実にシンプルな台詞で見事砕け散ってしまった。

「なんでだよーっ。さんぞー、俺と年越ししたくねーの?」

「なに気色わりぃ事ぬかしてんだよ!!年末年始ったら坊主はフル稼働で激忙しいんだよ。てめえみてえに食って寝るだけの奴とは、違うんだ!」

「えーっ、一人で年越しなんてヤダよーっ!!」

「だったら、悟浄達んとこでも行ってろ!!」

「さんぞーと一緒がいい!!」

「ざけんじゃねえ。甘えるな、この馬鹿猿!!」

すぱーん、すぱーん げし、げし!!

毎度おなじみのハリセンに加えて、蹴りまで頂戴したあわれな小猿。押し迫った年の暮れ。悟空はとても、不幸だった。

 

すぱーんっっ

除夜の鐘を聞きながらいつの間にかうたた寝をしていた悟空は、容赦なく頭上に振り下ろされたハリセンの威力で、無理やり夢の世界から引き戻された。

「・・・いってぇ・・・。さんぞー、俺がなにしたってんだよ!!」

新年早々、最愛の人からもらうものがハリセンとは・・・。

(やっぱり俺、さんぞーに愛されていないのかもしれない・・・)

そんな悟空の切ない心など気にもとめず、三蔵はぐいっと小猿の耳を引っ張った。

「もたもたしてんじゃねぇよ。さっさとしろ!」

「さんぞー、横暴だぞっ・・・、いててっ!耳引っ張んなって!」

問答無用で悟空を部屋から引きずり出すと、三蔵はそのままずんずんと寺院の長い廊下を歩いていく。遠くからかすかに聞こえる読経の声。まだ、年越しの法事は終わっていないのだろう。

「・・・さんぞー、どこ行くんだよ。いいのか?読経脱け出して・・・」

先を歩く白い背中に遠慮がちに問うが、答えはない。だから、時々不安になる。三蔵が何を考えているのかわからなくて。三蔵の想いが、見えなくて。

もしかしたら、自分一人が空回りして自惚れているだけなのかもしれない・・・。そんな風に思えてしまうから。

 

「さんぞー、ここ・・・」

寺院の裏手にある小高い丘は、悟空のお気に入りの場所だ。大きな桜の木が一本、春になれば美しい白い花を楽しませてくれるけれど今はしんと静まり返って、ただ朝もやですべてが白く霞んでいるだけだ。

「なぁ、さんぞー」

自分をここに連れてきた三蔵の意図がつかめなくて、横に立ちマルボロをそっとくわえる最愛に人を見上げる。

「うるせえ、もう少しだ。黙って待ってろ」

だが、相変わらず三蔵は冷たく言い放つだけだ。

どれ位そうしていたのか。冷え込んできた空気に、悟空が三蔵の身体を心配しだした頃・・・。

「あっ!!」

地平線の彼方をゆっくりと紫色が染め上げていく。群青から紫暗、そして柔らかいすみれ色へと・・・。

大自然が産み出すあざやかなグラデーションを三蔵と悟空は、声もなく見つめている。そして輝くばかりの金が、さぁっと二人の姿を照らしだす。

初日の出。

力強くまぶしいほどの美しさを、悟空は瞬時に、いま自分とこの時を共有している愛する人の姿と、重ね合わせる。

「すんげー、きれい」

「・・・まあな」

「さんぞー、これ見せるために俺をここに連れてきてくれたのか?」

忙しいのに、読経を脱け出して・・・。

「・・・いつまでも根に持たれて、ぐたぐた言われんのはごめんだからな」

それは、悟空が望んだ二人きりの年越しの事だろうか。悟空の顔に、ぱあっと笑顔がひろがる。

「もう言わねえよ。さんぞーと二人っきりで、こんなきれーな初日の出みれたんだもん」

そう言うと悟空はぎゅうっと、三蔵を抱きしめた。

「おい、猿!苦しいから、力緩め・・・っ!!」

悟空は自分の腕の中でもがく三蔵の、額に、頬に、瞼にいくつものキスの雨を降らせる。まるで最愛の人の新しいこの一年を、祝福するかのように。

「・・・悟空・・・」

「なに、さんぞー?」

「・・・いつまでも人の顔、舐めてんじゃねぇ」

悟空の腕の中で、三蔵がぼそっと呟く。首筋を朱に染めた三蔵に、悟空が幸せそうに笑う。

「ごめん、さんぞー」

「・・・何がだ?」

突然の悟空の謝罪に、三蔵は不思議そうに小猿を見つめる。 忙しい中、それでもこうして自分の為に時間をつくってくれた、新しい日の出の素晴らしさを共有してくれた三蔵の愛情を、少しでも疑った事・・・。言葉にして表す事のできない三蔵の想いを、少しでも疑った事を・・・。

「大好きだかんな、さんぞー」

最愛の人の温もりを身体全体で感じる。

「・・・猿、お前の話は、脈絡がねぇぞ」

今、たしかに三蔵は自分と共に生きている・・・。

「えへへ・・・」

「・・・ヘンな奴だな・・・」

そう言いながらも三蔵は、自分を抱きしめる悟空にそっと身体をあずける。 ゆっくりと唇を重ねる二人の姿を、金色(こんじき)の光が包み込んだ。

 

                                                                    おわり

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