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「ごめん・・・さんぞー」

色々と考えているうちに頭が冷えてきたのか、悟空は項垂れながら三蔵に謝罪の言葉を小さく呟いた。

乱暴にキスしちゃた・・・。その上無理矢理抱こうとして。さんぞー、すげー嫌そうだった。

瞳の奥が熱くなってくる。このまま、もう2度と近寄るな、とか言われたらどうしよう。やっぱ、いつもさんぞーを怒らせるのとは、訳が違うよな。

悟空は、きゅっと唇を噛む。今更ながら、自分の考えなしには腹が立つ。いくら頭に血が上っていたからって、やっちゃいけない事はある。

三蔵は人に触れられるのが大嫌いだから。普通に触れられるのさえ嫌がるのだから、性的な触れ合いは尚更だ。単に『嫌い』というよりも、『おぞましい』とか、『吐き気がする』らしい。スキンシップ大好きの悟空には、その感覚がよく判らないが。

だから三蔵を抱く時は、細心の注意を払っていた。さんぞーが嫌がるような触れ合いは、絶対にしないと。宝物みたいに、扱うと。『てめぇに触れられて、吐き気がした』、なんて言われた日には再起不能だから。

なにより、愛する三蔵にそんな気持ち悪い思いをさせたくなかったから。

(なのに、俺ってやっぱ、馬鹿・・・)

すん、と鼻をすすると審判を仰ぐように、三蔵の前に神妙に立つ。

「・・・てめぇは、なにがそんなに不安なんだ?」

頭上から三蔵の声が降ってくる。無機質で、だけど怒っている様子はない。少し穏やかな声音。

「ジープとなに張り合ってんだ? いくら動物、動物って言われてっからって、てめえはマジで自分を動物と同じレベルだと考えてんのか?」

正真正銘、猿頭だな、と三蔵が呆れたように呟く。普段はとても大らかで人好きのする天真爛漫な悟空が、どうしてここまでジープに対して敵愾心を燃やすのか。

(この二匹は仲が良かったんじゃ、ねーのか?)

「・・・だって、さんぞーの傍にいられるの・・・俺の、特権だったのに・・・」

「なに、ガキみてぇな事言ってんだよ」

それじゃまるで本当に飼い主を取り合う動物そのものではないか。

「俺、ガキだよ! ガキだから、わかんねーんだもんっ」

子供だから、時には『形になった、言葉になった想い』が欲しい。

「俺、本当にさんぞーに必要とされてんのか・・・」

 

 

「名前負けしてんじゃ、ねーよ。猿」

小猿の力ない呟きに、三蔵は心底呆れ果てた。

『悟空』―――。

『目に見えぬものを、悟るもの』。

誰が名づけ親かは知らないが。

いつもは、その動物的本能で目に見える事のない三蔵の危険を察知し、三蔵の表には現さない不安や、心の揺れを敏感に感じ取っては、いつでも傍にいて惜しみない愛情を注いでくるこの猿が。

肝心の三蔵の心を、何故『見る』事が出来ないのか。そんなに形がないと、不安なのか。

言葉なんて、いくらでも取り繕う事ができる軽いものなのに。

ふぅ、とため息をつくと三蔵の紫暗の瞳が自分の猿を見下ろす

「あいにくと俺は、てめえの声が煩すぎて、他の奴らの声を聞く暇なんてねーんだよ」

「え?」

思わず顔を上げた悟空の金瞳が、紫暗とかち合う。

三蔵と悟空の絆―――。

悟空の声にならない声が、三蔵に心に届くという。

「それだけじゃ、足りねぇのか」

「さんぞ・・・」

「俺の身体、好き勝手にしておいて、それでも不安なのか」

「さ・・・」

こんなに長い間傍にいて、肝心な事をちっとも理解していなかったのか、この馬鹿猿は。

「俺が他人に触れられるのが嫌ぇな事は、てめぇも知ってんだろうが」

そんな自分が唯一触れる事を許した相手が悟空なのだ。それだけでは、三蔵の心は伝わらないのだろうか。

悟空が三蔵に触れる指先からも、唇からも、彼の三蔵への愛情は余すところなく伝わってくるというのに。

そう思うと、どうにも悔しくて仕方がない。これほどまで自分が譲歩して、受け入れて、そして唯一傍にいて自分を求める事を許しているのに。それが、言葉がなければ、この猿には伝わらないというのか。

猿の分際で。人間の言葉もロクに理解できねークセに。生意気なっ!

そう思うと、意地でも『言葉』でなんか伝えてやるものか、と思ってしまう。

三蔵の手がすっ、と伸びてその白い指が悟空の前髪をくしゃりとかき上げた。

「さんぞ・・・?」

「お前が言葉で望むものを、俺はやらん。俺は口先だけの誓いは信じんからな。俺が今、お前にやる事ができるモンは、これだけだ」

すっ、と三蔵の白い端正な顔が近づいてくる。悟空は、なぜか身動きひとつできずに、大きな金色の瞳を見開いて、次第にアップになっていく最愛の人を凝視する。

一瞬三蔵の瞳に戸惑いの色が、浮かんだが。次の瞬間悟空の唇に、とても柔らかくてあたたかいものが触れた。それは、まるで羽毛のように軽く悟空の唇を掠めただけだったが。

「・・・さんぞ」

「これででも判らんとは、言わせんぞ」

常と変わらない、三蔵の不機嫌そうな綺麗な白い顔。だけど、その目元がうっすらと微かに赤く染まっているのを、悟空は見落とさなかった。

(さんぞーからの、初めてのキス・・・)

そう思った途端、悟空の望月の瞳から、ぽろぽろと涙が零れ落ちる。本当に微かに触れただけの、キスともいえないようなものかもしれないけれど。でも・・・。

三蔵が自ら、他人に口付けるなどという事は、まず絶対にありえない。それだけは、ありえないだろう。だから、これは・・・。

(さんぞーの、俺への気持ちだって、思っていいの?)

触れ合った瞬間伝わってきた、とてもあたたかくて優しい想い。まさか、三蔵からこんな想いが伝わってくるなんて想像もしていなかった。

まるで、春の日差しのようにあったかで、柔らかで、そして・・・。

なんで今までこの三蔵の『想い』を感じ取る事が、出来なかったんだろう。悔しい、メチャ、悔しい!

わが道を行く三蔵が、拗ねて不安がる悟空の為に最大限の譲歩をしてくれた『証』。もしかしたらこれから先、三蔵からのキスなんて一生ないかもしれないけど。『愛してる』なんて言葉は、それ以上に望めないかもしれないけど。

でも今最愛の人の唇を通して伝わってきた、愛しいまでの想いは・・・。

「えへへ・・・」

ぜってー、忘れねえ! そして今度からはなにがあっても、三蔵の『想い』を一欠片も残さず察知するんだ。と、思いながら、悟空は涙をくいっと手の甲で拭いながら、そう誓う。

「きもち悪ぃ」

大粒の涙を零して泣いたかと思えば、にへらと笑うペットを三蔵は薄気味悪そうに顔を顰めて見遣る。

悟空が望んでいる言葉は、自分からは言わない。言葉なんて、自分は信じていないから。猿の日々の睦言だって、右から左に流してやる。信じられるのは黙っていても伝わってくる、心に響いてくる、悟空の自分だけに向けられた曇りのない愛情だけなのだから。

「乱暴して、ゴメンな」

と殊勝気に謝りながら、そっと抱き締めてくる悟空の腕を拒まずに、己の唇に優しく触れてくる悟空の唇を感じながら、三蔵は心の中でそうひとりごちた

 

「きゅぅぅぅ・・・」

一方三蔵の命令で部屋から出されたジープは、駐車場の陰に隠れて盛大にため息をつき続けた。

あんまりだ、ごくうさん。たしかに僕はあの方にキスをしたけど。でもごくうさんの目に入らないようにと、一応は気遣ったのに。予想外に部屋に飛び込んできたのは、ごくうさんの方なのに。ぼ、僕の目の前で、あの方に、あ、あんなキスをして・・・。

その時の様子を思い浮かべた途端、ジープの頬がぼん、と赤く染まる。

その上嫌がる三蔵に、あんな不埒なマネをしたのだ。たとえ、ふたりが『恋人同士』であったとしても、無理強いなんて許せない!

あの方は、怒ってた。そう、怒っていたんだ。もしかしたら、ごくうさんの事を嫌いになるかもしれない。

そう考えるジープの小さな唇に、突然三蔵の柔らかい唇の感触が甦る。

「きゅきゅきゅっきゅきゅぅ(三蔵さまぁ)」

愛しい人の名を、口にしてみる。その名前は、まるで先程触れたあの方の唇のように甘く感じられる。そしてそれと共に浮かぶのは、悟空に深く口付けられてキツイ紫暗の瞳を潤ませていた、初めてみる三蔵の悩ましい姿―――。

その壮絶なまでの色香が、ジープの小さな心臓をも直撃する。

忘れられない。忘れる事などできない。

そうだ。ごくうさんが、あの方に相応しくないのなら。あの方の嫌がる事をされるのなら。僕が諦める必要が、どこにあるのだろう。今度は、僕が守ってさしあげる。雨の日に儚いお姿をしているあの方を、僕が癒してさしあげる。

「きゅぅぅぅぅ―――!(負けません―――!)」

なんとしても、あの強くてそして実はとっても脆いあの方の心を掴んでみせる!

 

 

ふるふると、沸き立つ闘志と共に固く心に誓うジープ。

この日より玄奘三蔵を巡って、悟空VSジープの華麗なる動物同士の戦いの幕が切って落とされたのだった。

 

おわり

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