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終章

 

「三蔵、コレどこしまうんだ?」

「ああ? あっちのクローゼットって言っただろぉが」

「聞いてねぇよ」

「てめぇがきちんと、聞いてなかったんだろぉが。この馬鹿猿」

「また、それを言う」

 

春四月。 無事に高校を卒業した悟空は、社会人としての一歩を踏み出した。 ふたりが初めて結ばれた日に三蔵に語った通り、悟空は養父の友人の紹介で建築事務所に勤める事になり、それをきっかけに実家を出た。 ただあの日三蔵に話した事と、微妙に内容が違うのは。

「てめぇ、独り暮らしするんじゃなかったのかよ」

「ええっ? だってそれは、三蔵の傍にいちゃいけねーと思ってたからっ! でも今はマスコミの目とか気にする必要もねーし。それに『これからもずっと傍にいる』って、あの時俺約束したもんっ」

ぷぅっと頬を膨らませた悟空のその顔は、とても新社会人とは思えない。まあるい頬が、一層悟空の童顔を強調させている。

「だからって、何で俺がてめぇのアパートに、越してこなくちゃいけねーんだ」

「だって三蔵の前のマンションだと、俺の職場遠くなるもん」

「だから……」

「三蔵だって、このアパートからの方が、音大近いでしょ?」

「……」

そう、三蔵もオーケストラを退団し、この春から恩師の助手として懐かしい母校に通う事になったのだ。それにしても……。

「別に俺は、実家から通ってもよかったんだ」

やはり面と向かっては素直になり切れない三蔵が、どこまでも可愛くないことを、荷物を解きながら無愛想にのたまう。 「そーゆー事言う?」

それが愛しい人の本心ではないとわかっていながらも、やはりそんな三蔵の素っ気無い態度には思わず、きゅーんと項垂れてしまう。

「それとも、俺と暮らすのは嫌?」

悲しげに自分を見上げる金色の瞳。 捨てられるのを恐れる、小さな子犬のような瞳。

ずるい奴だ、と三蔵は内心舌打ちをする。 自分はこの目に抗う事などできないのに。 この目でみつめられたら、結局自分は絆されて、悟空のどんな望みでも受け入れるだけなのに。

今更『嫌?』もないだろう。 自分の身体も心も、すっかりその手中に収めておきながら。

「……てめぇが聴きたいと駄々捏ねる度に、バイオリン抱えてこっちに通うのも面倒なんだよ」

ぷぃっと顔を背けて不機嫌丸出しの声で呟く三蔵。 けれどその柔らかな金糸から見え隠れする形のよい耳も、綺麗なラインのうなじも真っ赤に染まっていて。

『聴きたければ、自分から出向いてきやがれ』

と普段の彼なら言うのだろうに。もしも別々に暮らしていたとしても、悟空がその音色を強請ったら、わざわざ自分からバイオリンケースを抱えてここに通うつもりなのだろうか、この気難しい佳人は。

そう思うとにへらっと相好が崩れるのを、自分でも抑える事ができなくて。

「えへへ、三蔵大好きっ!」

専属バイオリニストである事を口実に、一緒に暮らしてくれる事を承諾してくれた、照れ屋で素直じゃない、けれどそんなところがとっても可愛い、大切な大切な恋人。

照れてふて腐れたまま、床に座って荷を解き続ける愛しい宝物の痩躯を、悟空は限りない愛しさをこめてぎゅっと抱き締める。

「くだらねえ事ほざいてないで、さっさと荷物片付けろっ! 早く休みたいんだよ、俺はっ!」

そんな悪態をつきながらも、大人しく腕に収まってくれている三蔵が愛し過ぎて。

悟空はその白磁のような額に、柔らかな頬に、無数の優しいくちづけを落とした。 やがて悟空の唇が、三蔵の肉厚な唇に辿り着く。 触れるだけのくちづけを幾度も繰り返し、やがて悟空は呼吸さえも奪う程、深く互いの唇を重ねあわせる。 濡れた音が密やかに真新しい室内に響き渡り、やがてふたりの影が、ひっそりとひとつに重なった。

 

 

                                                                                                                                                               おわり

 

  

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